人間失格 (新潮文庫)

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本棚登録 : 15999
レビュー : 1949
著者 :
コノハさん 日本の作家 た行   読み終わった 

 およそ12年振りの再読。文庫の裏表紙にも書いてある「とても素直で、よく気がきいて、(中略)神様みたいないい子でした」という最後の一文は非常に衝撃的だったのを覚えている。ただ、当時は主人公に深く深く感情移入しており、「そんなこと言われる筈がないだろう」とも思ってしまっていた。今思えば、明るい第三者の目を信用できず、自暴自棄になっていたのかも知れない。

 今になって思えば、あくまで「人間失格」の烙印を押したのは主人公や一部の人間であり、第三者の視点では全く別の見方ができるのも分かる。もっと言えば、そうした見方をする人物がいることも、主人公は知っていたのだろう。
 それでも人間失格という烙印を自らに押し、破滅してしまったのは、自分が仮に愛され、愛したとしても、結果的に人を傷付けてしまうことに絶望し、これ以上生きることができなくなってしまったのだと思う。

 主人公は、きっと愛されたかった。だけど人に愛される方法が分からず、道化を演じていた。化けの皮が剥がれることを恐れ,ますます人が怖くなった。そうした気持ちの中で、親和感から人に恋をした。結果としてその人を傷つけてしまった。人を不幸にしてしまった。
 人に疎まれようと嫌われようと、デクノボートヨバレようと、ホメラレモセズとも、クニモサレズとも、別にそんなことはどうでもいい。死にはしない。
 そんなことの何倍も何千倍も、主人公の直面した現実は辛いものだったと思うし、私ならきっと命を絶ってしまうと思う。

 主人公が破滅した原因についても、「お父さんが悪いのですよ」と、第三者は言う。主人公も、心のどこかでそう考えていたのだろうか。そうだとするならば、そんな今更どうにもならないことが原因であるならば、なおのこともう死んでしまいたいと思うのだろうか。

 この本は、いや、太宰治は、大学時代、今より若い頃の方が周りで「好きだ」という人が多かった気がしており、他の文豪の作品に比べ、若い人向けという印象が何となくあった。
 もしそれが当たっているのだとしたら、主人公、あるいは太宰治が抱えているものが、完治し難い死に至る病だからなのかも知れない。そんなものに光を当てたところで、いまさらどうにもならないじゃないか、苦しいだけじゃないか、と。
 自分自身、この小説に共感することが多々あり、自分を何とかしたくて、的外れな努力かも知れないが、色々な本を読み、どうにもならない中で、いつしか悩むことを止めていた。悩むことに耐えられなかったのだろう。そんなことに悩んだところで、もうどうにもならないのだ。

レビュー投稿日
2018年10月18日
読了日
2018年10月16日
本棚登録日
2018年10月18日
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