令嬢探偵ミス・フィッシャー 華麗なる最初の事件 (mirabooks)

  • ハーパーコリンズ・ジャパン (2020年12月9日発売)
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申し訳ない、侮っていた。
男爵のお嬢さんが、イギリスの上流社会で探偵ごっこをして、宝石泥棒くらいの事件を捜査する。
なぜか現れ助けてくれる男性たち。
みんなが好意を寄せてくれるけど、さあ誰とつきあったらいいかしら?

とかいう話だと想像していた。
ちがった。
しかし、こんなかわいい表紙なのだから、誤解も仕方ないではないか!

フライニー・フィッシャーがイギリスの男爵令嬢なのは本当だ。
ボブカットで、奔放で、煙草を吸いまくり、ダンスが巧く、ファッションのセンスは飛び抜けていて、車をかっ飛ばし、飛行機は冒険の友で――
つまりは、素晴しくフラッパー(はねっかえり)だとしてもだ。

宝石泥棒の事件はあった。
冒頭ですぐさま解決した。
そして彼女はオーストラリア、メルボルンへと向かうのだ。
一探偵として!

出くわす事件は、なかなかむごいものだった。
痛い。痛覚を刺激されて、読むたびに痛い。
こんなにかわいい表紙からは思いもつかない事件だ。

では、助け手となる男性たちは出てくるのだろうか?
出てくる。
彼らは、しかし、乙女を危機から救わんとする騎士ではなく、恋心につき動かされた紳士でもない。
仕事はする。そして料金はちゃんと貰うという、至ってビジネス的な男どもだ。
対するフライニーもそれをよしとしている。
なぜなら彼女はプロだからだ。
プロはただ働きをしない、させない。

探偵業だけではない。
フライニーは、私的な面で人を雇う時も、雇用条件とそれに見合う対価を正しく提示する。
1920年代というのに、なんとも頼もしい、しっかりした御令嬢だ。

実は、オーストラリアはフライニーの生まれ育った故郷である。
イギリスの男爵令嬢が、なぜ?
その経緯は、作中で彼女が語ってくれる。
なるほど、フライニーが、こんなにもたくましく世慣れていることの理由にもなっている。
フラッパー中のフラッパーな彼女は、どんなにむごい事件も、えげつない事件も、喜々として取り組み、挑戦して、解決する。

この『華麗なる最初の事件』は、その調査の間に、シリーズのレギュラー陣がそろっていく話でもある。
読後感は、こんな事件の話だったのに、よい。
フライニーの活躍ぶりもめざましく、なるほど人気テレビシリーズになり、映画にもなったのがうなずける。

さらに、私が気に入った点は、実在の人物がさらりと、しかし印象的に登場することだ。

エルテ(1892~1990)はファッションやジュエリー、舞台美術などの様々な分野で世界を魅了したデザイナーである。
彼の作品を見れば、たいていの人が、ああ、あの! と、思いあたるのではないか。
エルテその人は出てこないが、彼のデザインした服は仰々しく現れる。
『完璧にフォーマルで、きわめてエロティックなドレスで、フライニーはどうしても自分のものにしなければならないと感じた。』(92頁)
そして、フライニーはそのドレスをまとい、胸を高鳴らせて、パーティー中の目を集めてタンゴを踊るのだ。

ネリー・メルバ(1861~1931)
オーストラリア出身で初めて、世界的名声を得たソプラノ歌手である。
メルバトーストもピーチメルバも、ロンドンのサヴォイ・ホテルの料理長が、彼女のためにとつくったものだ。
その人気と名声のほどがうかがえる。
プッチーニのオペラ《ラ・ボエーム》の普及に大いに貢献した人物でもある。
だから、マダム・メルバは、その曲を第一に歌ったのだろう。
『純粋でつやのある声は朗々と響き、ひとつひとつの言葉が注意深く発音され、慎重に音程に乗せられた。だがフライニーがもっとも気に入ったのは、彼女がすべての音にこめた感情の豊かさだった。』 (243頁)

彼らの登場によって、フライニーの活躍の舞台が――そのファッション、空気、音、文化が、ありありと目に浮かぶ。
シリーズの続きにも、こういった登場があると嬉しい。
令嬢探偵フライニー・フィッシャーと、魅力的な仲間たちの次なる活躍を、大いに楽しみにしている。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2020年12月25日
読了日 : 2020年12月19日
本棚登録日 : 2020年12月16日

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