羊と鋼の森

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本棚登録 : 7601
レビュー : 1258
著者 :
koshoujiさん 宮下 奈都   読み終わった 

冒頭──────
 森の匂いがした。秋の、夜に近い時間の森。風が木々を揺らし、ざわざわと葉の鳴る音がする。夜になりかける時間の、森の匂い。
 問題は、近くに森などないことだ。乾いた秋の匂いをかいだのに、薄闇が下りてくる気配まで感じたのに、僕は高校の体育館の隅に立っていた。放課後の、ひとけのない体育館に、ただの案内役の一生徒としてぽつんと立っていた。
─────────

また小説を読んで泣いてしまった……。
自分が涙もろくなったのか、それとも作家の方々が素敵な作品を書くようになったのか。

“枝先のぽやぽやが、その後一斉に芽吹く若葉が、美しいものであると同時に、あたりまえのようにそこにあることに、あらためて驚く。あたりまえであって、奇跡でもある。きっと僕がきづいていないだけで、ありとあらゆるところに美しさは潜んでいる。あるとき突然、殴られたみたいにそれに気づくのだ。”(P20)

“ピアノの基準となるラの音は四百四十ヘルツと決められている。赤ん坊の産声は世界共通で四百四十ヘルツなのだそうだ。(中略)日本では、戦後になるまで四百三十五ヘルツだった。もっと遡れば、モーツァルトの時代のヨーロッパは四百二十二ヘルツだったらしい。(中略)最近はオーケストラの基準となるオーボエのラの音が四百四十四ヘルツになってきている(中略) 変わらないはずの基準音が、時代とともに少しずつ高くなっているのは、明るい音を求めるようになったからではないか。わざわざ求めるのは、きっと、それが足りないからだ。”(P97~98)

北海道の山間の集落、大自然の森の中で中学まで暮らしていた少年、外村君。
中学時代、体育館にあるピアノの調律のためにやって来た男性が出した不思議なまでの音色に心を動かされ、彼は調律師を志す。
調律師の学校を卒業した彼は、自分を魅了した調律師、板鳥さんと同じ職場に就職し、調律師の仕事を始める。

その過程で感じる多くの疑問と苦悩。
調律とはなにか? 
ピアノとはなにか? 
音楽とはなにか? 
自分はどういう調律師を目指せばよいのか? 
自分は本当に調律師になれるのか?

それとともに、
どんな目標を持って生きるべきなのか? 
自分の人生に夢や希望などあるのだろうか?

“才能があるから生きていくんじゃない。そんなもの、あったって、なくたって、生きていくんだ。あるのかないのかわからない、そんなものにふりまわされるのはごめんだ。もっと確かなものを、この手で探り当てていくしかない。”(P224)

周囲の人たちの温かい目に見守られ、彼は日常の調律の仕事で出会う様々な光景から、それらの答えを模索し続け、探し当てる。
彼の前に現れた可愛い高校生のふたごのピアニストが抱く葛藤と絡み合わせながら。

“もしかしたら、この道で間違っていないのかもしれない。時間がかかっても、まわり道になっても、この道を行けばいい。何もないと思っていた森で、なんでもないと思っていた風景の中に、すべてがあったのだと思う。隠されていたのでさえなく、ただ見つけられなかっただけだ。”(242P)

随所に現れる珠玉の言葉が胸に沁みわたる。
優しい言葉、優しい心の持ち主によって綴られた美しい話。

様々な場面、主人公の語り、ふたごの女子高生の思い、その他登場人物の台詞などが透き通るように真っ直ぐで、何故か何度も涙が零れる。

広大で、でも静謐な森の中の澄んだ空気を深く吸い込みながらゆっくり散策しているような、心に沁みわたる優しい物語。

胸に刻んでおきたいような言葉がありすぎて、引用が多くなりましたが、素晴らしい小説。
これまで読んだ宮下さんの作品の中でも最高傑作。
お薦めです。

2015年下半期直木賞候補作。
何故に受賞に至らなかったのか、選評者の意見を読みたいと思ったが、「文藝春秋」が貸し出し中で読めず。その選評を読んで後日追記したいと考えています。

レビュー投稿日
2016年3月17日
読了日
2016年3月16日
本棚登録日
2016年3月17日
31
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『羊と鋼の森』のレビューへのコメント

杜のうさこさん (2016年3月23日)

koshoujiさん、こんばんは~♪

この本、良かったですよね~。

今、レビューを拝見して、またあの静かな感動を思い出しています。

もしかしたら、今まで読んだ宮下奈都さんの作品の中で、1番好きかも…。

koshoujiさん (2016年3月24日)

私も宮下さんの作品の中では一番です。

koshoujiさん (2016年4月13日)

本屋大賞受賞しましたね。
宮下さん、おめでとうございます。

vilureefさん (2016年6月20日)

koshoujiさん、こんにちは。
すっかりご無沙汰しておりました。
頂いたコメントにも返信できずごめんなさい。

色々バタバタとしていてそのせいなのか、良本に出会いせいなのか読書スランプ気味で・・・。
またボチボチと再会していきたいと思いますのでよろしくお願いします。

本屋大賞、やりましたね。
地味な作家さんで実力の割に日の目を見ない宮下さんだっただけに、嬉しいです♪

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