作者である樋口有介氏への手紙に代えて───。
冒頭───
スカイツリーより東京タワーのほうがレトロでおしゃれ、というのはどういう価値観だろう。中年女ならまだしも小学六年生の加奈子がいだく感想としては、生意気すぎないか。俺のほうは高所恐怖症だから東京タワーでもパスしたかったが、「月に一度は父娘でデート」という契約だから仕方ない。別居してから三年、その契約がいつ成立したかは知らない。
──────
と、いつものように冒頭を引用しましたが、いきなり加奈子ちゃんとの楽しい会話が出てくるので、そちらも引用。
「ねえパパ、あのこともあるし、パパのほうから電話してくれない?」
「今はちょっと体調が悪い」
「ママの話になると、いつもパパ、体調が悪くなるよね」
「自己防衛本能かな」
「ずるいだけでしょう」
「あらゆる手段と能力を駆使して自己の生存を保障する。動物的に正しい反応さ」
「都合が悪くなると、いっつも言葉でごまかすんだから」
「言葉でごまかすのが商売だ。ジャーナリストとして有能な証拠でもある」
「有能なジャーナリストがどうしていつも貧乏なのよ。オーストラリアのカモノハシだって、まだ見にいけない。わたし、来年にはお老婆ちゃんになっちゃうよ」
(P4)
ようやく帰ってきた柚木草平───。
樋口さん、待ちましたよ。
いつ以来ですかね?
調べたら、加奈子ちゃんが主役の「片思いレシピ」を別にすれば、「捨て猫という名前の猫」(2009年3月)以来なので7年振りですね。
ずっと待ち焦がれていたのですから、柚木草平シリーズの復活を。
もう読み始めたら止まりません、このシリーズは。
相変わらずの柚木草平の洒落た台詞。
娘の加奈子ちゃんが小学六年になったのだから、柚木さんも永遠の38歳ではなく、40代になったということですね。と思ったら、あれ、まだ38歳だ。加奈子ちゃん、前から小学六年生でしたか?
女子高生の未解決事件の調査から始まるとなれば、そこから先はお決まりの美女軍団の登場と当然期待が高まります。見事にその期待通りの、下は美人女子高生から上は40代の色気をあわせ持った女性まで。
いつもいつも柚木さんがうらやましくて仕方ありません。
しかも、そのうちの誰かとはすぐにいい仲になってしまう。
今回は登場する美人キャラの書き分けがまた絶妙です。
刑事も美人、さらには担当記者小高さんの大学時代の友人まで出現。
そして、その美人刑事と小高さんが柚木さんの住まいで鉢合わせ対決するとは。
展開するストーリーも興趣をそそりましたが、なんといっても、柚木さんと加奈子ちゃんや美女軍団との洒落た会話のキャッチボールを書ける作家は、樋口さん以外に今のこの日本に存在しません。
チェストをあけてTシャツや下着類を点検しているとき、上着の内ポケットでケータイが振動する。相手は加奈子だ。
「パパ、今お電話して、大丈夫?」
「ちょうどお前の声を聞きたいと思っていたところだ」
「娘まで口説かなくていいよ」
「いやあ、つい、習慣で」
(200P)
「加奈子なあ、実はパソコンを導入して、今日から伝えるようになった。あとでメアドを送るからお母さんにも伝えてくれ」
「パパ、最近ケータイとかパソコンとか、頑張ってるね」
「流行に敏感なんだ」
「女子高生のカノジョができたとか」
「あのなあ、どうしておまえは話を・・・・・・とにかくあとで、メアドを送る。だがケータイの件はぜったい、お母さんには内緒だぞ」
「承知しました」
(202P)
「夢のなかで肉ジャガを食べようとすると、ぽろっとお箸から落ちて。また食べようとすると、次もぽろっと落ちて。そんなことを何度かくり返したとき、柚木さんのベッドで目が覚めました」
「うん、よかった。絶世の美女でも足の中指が長いことに、悩んだりする」
「でもわたしのつくった肉ジャガより、夢の肉ジャガのほうが美味しいと思います」
「青木昆陽に伝えておこう」
「柚木さん、お料理が得意なんですね」
「そのうちジャガ芋のピザを・・・・・・彼女の名前が思い出せない」
「死んだ父もお料理が得意でした。学校も近いし、またうかがいます」
「好きにしてくれ。そのうちジャガ芋のピザを・・・・・・」
「タバコが落ちますよ」
「俺は奈落へ落ちていく」
「父も酔うとだらしのない人でした」
「俺は酔っても洗濯ができる」
「わたし、ファザコンなんでしょうかね」
「そうだろうな。そうか、柑奈くんはもうすぐ、ペルーへ・・・・・・」
柑奈と千絵と美早がいっせいにスカートをめくり、そろってジャガ芋を踏みつぶしはじめたのは、なぜだろう。
(269~270P)
こんな楽しい会話、樋口さん以外誰も書けません。
今回は前にも増して絶好調の柚木草平。今までのシリーズのなかでも、会話や展開の面白さや楽しさはナンバーワンかもしれません。
あなたが「ぼくと、ぼくらの夏」でサントリーミステリー大賞読者賞を受賞したとき、故開高健氏が絶賛したのは、このようなキレのある洒落た会話や文章に対してのはずです。
文中で「風町サエシリーズ」の風町女史も登場していますが、女性一人称のハードボイルド文体は、やはり違和感があるので柚木草平シリーズに集中してください。
このシリーズを永遠に書き続けてください。
あなたのデビュー時代からの大ファンである私からのお願いです。
というわけで、久々の柚木草平シリーズを存分に堪能させていただきました。
本当に樋口さんに手紙書いて送ろうっと・・・・・・。
- 感想投稿日 : 2016年2月5日
- 読了日 : 2016年2月5日
- 本棚登録日 : 2016年2月5日
みんなの感想をみる