校本 智恵子抄 (角川文庫)

制作 : 中村稔 
  • KADOKAWA (2012年6月25日発売)
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本棚登録 : 16
感想 : 4

あなたのかけら


 裕福な生家のもと、何不自由なく暮らしてきた長沼智恵子。既成概念にとらわれない「新しい女性」で、しばしば人をあっと言わせたとか。高村光太郎とは互いの個性と文化を尊重し合って一緒になったのです。

 その二人の恋の詩を見つけて、早速はまりました★ 10代の頃、周りの女の子が少女マンガやトレンディドラマ(!)の恋愛に興奮し切っていたその季節、私は『智恵子抄』しか目に入らなかったものでした。

 しかし、自由な愛ということの危うさ。
 彼女はしあわせという言葉にさえとらわれなかった――

 東京には空がないと言い、故郷の空気によって生きてきた彼女の鋭い感受性は、それまで繁栄を誇ってきた生家の危機までも、敏感に吸い込んでしまったよう。

 その上、智恵子の生命力は、最愛の光太郎と暮らすことで蝕まれていきました。恋は盲目と言うけれど、彼らの恋はしっかり目を見開いたものだったから★
 彫刻家としても詩人としても、あまりにまぶしく活躍する天才・光太郎を直視し、日増しに病んでいった智恵子。彼のそばにいるということは、その迸るエネルギーを間近で受け止め続けるという作業だったのです。でも、智恵子以外の何人たりともできなかったでしょう。

 描写が彫刻のようにぴたりと決まっている。のちに著者は「智恵子抄は不完全なもの」と語っていますが、それは生活の嫌な部分を隠し、一番綺麗な智恵子を書いたからのようです。そうだろうなぁ、美しすぎるものなぁ。そこで取捨選択をしてしまう、芸術家の性……。
 でも、この見事な”創作物”を前にしたら、ただ見惚れるばかりでいいでしょう。
 この本は智恵子のすべてではなく、彼女のかけらを集めた夢の小箱。イメージは時間と共に拡散する。風に踊る。原子に還る……。それをまた回収する小箱『智恵子抄』。

 息を引き取る間際、レモンを一口かじって光太郎に向けるかすかな笑顔が、せつない。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: はっぴゃくじ@Review Japan掲載書評
感想投稿日 : 2013年9月15日
読了日 : -
本棚登録日 : 2003年8月22日

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