タイタンの妖女 (ハヤカワ文庫 SF 262)

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本棚登録 : 1554
レビュー : 205
制作 : 浅倉 久志 
くらげさん 小説:作者あ行   読み終わった 

「神でも宇宙人でもスパゲッティでもいいんだけどさ、そういう存在が必要な人間もいるんじゃないのかな」
蛹は、煙草を吸うために庭に出ていた。真夜中でも真冬でも構わないらしい。別に、部屋の中で吸わないことにしているというわけでもない。居間や寝室で吸っていることもある。何か、彼の中で決まり事があるのかもしれない。
新しい煙草に火を点ける。
ライターの火が、一瞬、庭に立つ彼の姿を浮かび上がらせる。寒そうには見えない。いつものことだ、と葉月は思う。蛹はいつも平気な顔をしている。そして気付かないうちに冷え切って、気付いたときには風邪を引いている。いつもそうだ。
「自分の小ささと無力さを知るために、ですか?」
葉月は問う。縁側に腰掛け、寒そうに身を縮めて、カップ麺を啜っている。夕飯だ。
「自分の小ささと無力さを知った上で、救われるために、だよ」
蛹は言う。
なるほど、と葉月は頷く。そして、少し笑った。
「綺麗な皮肉ですね。あなたが好きな」
うん、と、蛹は頷く。細い煙が、小さく揺れている。笑っているらしい。
「自由でありたいと心から思っている人間なんて、そんなにいない」
「そんな話、どこかでしましたね。むしろ人間は、不自由にしてくれる存在を探しているのかもしれない、みたいな」
「うん。偉大なる全体意志とか、強大な絶対者とか、そういうもの」
「その大きなものの犠牲になった人々と、絶対者であろうとした道化師と、彼らがもたらした"意志のない幸福"を享受する人々と、ってとこですか」
ズルズルと麺を啜りながら、続ける。
「まあ、その幸福を否定はしませんけど、それを幸福だとは思えない程度には楽しめたと思いますよ」
そう、と短く答えて、蛹は最後の煙草に火を点けた。
「俺はね」
煙を吸い、吐き出し、続ける。
「とても面白い物語だったけれど、どうしてか、登場する誰ひとりとして好きになれなかったんだ」

なぜ外で煙草を吸うのかと聞いたことは、たぶん、何度かあると思う。そのたびに、信仰のようなものだ、という答えが返ってきた。信仰。ある種の不自由さを、彼も無意識に求めているのかもしれない。

「ところで、なんでスパゲッティなんですか?」
「え?」
「さっきの」
「ああ、……君がラーメンなんか食べているから思い出しただけだよ。そういう宗教があるだろ。よく知らないけど」
「アーメンの代わりにラーメンて唱えるアレですね……よく知らないですけど」

葉月がスープを飲み干すのと、蛹が煙草の吸い殻をサンダルの底で揉み消すのは、ほぼ同時だった。そうして、二人は揃って部屋の中に引き上げた。

レビュー投稿日
2014年11月9日
読了日
2014年11月9日
本棚登録日
2014年10月23日
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