ハーモニー (ハヤカワ文庫JA)

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本棚登録 : 6873
レビュー : 939
著者 :
くらげさん 小説:作者あ行   読み終わった 

「病のない世界って、どんなだろう」
僕はそんなことを呟きながら、さっきコンビニで買ってきたシュークリームに齧り付く。ちなみに朝食だ。
「病気がなくなったって、死ななくなるわけじゃないんだろ」
蛹はコーヒーを飲みながら、そんなことを言った。朝食は先に済んだのか、もしくはスキップする気なのかもしれない。ソファの向かい側で、カップを片手にぱらぱらと本を捲っている。

僕は言う。
「長生きできる保証と、苦しまずに死ねる保証があれば、やっぱり社会のあり方は変わると思うよ。少なくとも医療の観点から見れば、理想に近いかもしれない」
「……朝っぱらから糖分と脂肪分を摂取しながら言うのはどうかと思うんだけど」
的確なツッコミだけれど、できれば言わないでおいてほしい。僕の脳細胞は、糖分を摂取しないと初動すらままならないんだ。
それはともかく。
蛹は先を続ける。
「でもさ、先生。これは、身体のことだけじゃないだろ」
どういうこと、と問う代わりに、僕は首を傾げる。
「お互いに傷つけないように、思いやって、大事にして、そのために互いのことがよく分かるように個人情報を売り渡して、っていう話だろ」
「それが不満?」
カスタードクリームと格闘しながら、僕は問う。
「気持ち悪いね」
蛹は吐き捨てるように言い、コーヒーを啜る。
「結局、思いやりとか、優しさとか、他人の痛みに寄り添うとか、聞こえはいいけど全部、自分と他人の境界を曖昧にしていくことじゃないか」
なるほど、と僕は相槌を打つ。
「それが、お前の言う、気持ち悪さ、かな」
「多分ね。他人が自分の感情を勝手にトレースして、でもそれは俺が本当に感じていたこととは違っているとしたら、結局感情ってなんだろうってさ」
心を守るために心を無くすという矛盾を、彼は気持ち悪いという言葉で表現したのだと思う。
じゃあどうすればいいのかなんて分からないけど、蛹なら、「人と人がわかり合う必要なんてないんだ」と切り捨ててしまうのかもしれない。心の守り方も人それぞれだ。

「ところで、もし誰かひとり殺さなければ死ぬ、ってことになったら、どうする?」
僕は、蛹が淹れてくれたコーヒーを飲みながら、そんなことを尋ねてみる。
「うん? 先生を殺すかな」
ああ、やっぱりね。それが僕の役割のような気はしているんだ。今日もコーヒーは苦い。
「言うと思ったよ。でもって、お前はそのあとに自殺するんだ」
「そうだよ。だって、下らないし」
それ、僕は死に損じゃないかな。
僕も、誰か殺しておいた方がいいのかな。でもそうすると、殺す相手は蛹くらいしか思い浮かばないし、それが多分、彼が期待している次の言葉なんだと思う。

だから、言ってやらない。絶対に。

レビュー投稿日
2014年7月7日
読了日
2014年7月5日
本棚登録日
2014年7月5日
6
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