「どんな話なんですか?」
葉月は、胡散臭げな表情で表紙を眺めている。そこには確かに、胡散臭いとしか形容しようがないバナナが描かれている。
「短編集だから、一言でまとめるのは難しいんだけど…」
そう言われ、葉月は目次を開いた。まとまらないなら、まとめなければいい。
「んじゃ、『コルタサル・パス』」
「後ろからなの? まあいいや。いつも思うけど、円城塔は読者を巻き込むのが非常に上手い。それに尽きる」
「次、『エデン逆行』」
「名前はエデンでも何でもいいんだけど、文章の上で展開する壮大な宇宙創造っていうか、何でもいいや」
「ここで面倒くさがらないでくださいよ。次。『Jail Over』」
「これは好き。赤いソーセージが白いソーセージを家に招いて食べようとする話だ」
「わけわかりません。次、『捧ぐ緑』」
「これも、個人的に非常に好きだ。ゾウリムシの寿命を縮める研究についての話なんだけど」
「さらにわけわかりませんが、次、『equal』」
「唐突に横書き。何というか、冗談にしては意味不明だし言葉遊びでもないんだけど、ええと、何だろうこれ」
「ええと、じゃあ、『AUTOMATICA』」
「文章の自動生成について。円城塔は割とこのテーマに拘っている印象を受ける」
「はい。で、『祖母の記憶』」
「植物状態のお祖父さんを爆走させて映画を撮る話だ。人形が人形であるためには鋏は不要だ。己に繋がれた糸に意味がないことに気づいてはいけない」
「なるほど。では、『パラダイス行き』」
「今、ひとつ飛ばした?」
「表題作は最後です」
なるほど、と蛹は頷く。
「右が生まれると同時に左も生まれるという話。もう少し言うなら、レモネード抜きのレモネードを注文する方法」
ふむ、と葉月は頷く。
「んじゃ次。『バナナ剥きには最適の日々』…表題作ですね」
「ああ、これは切なかった。たぶん、一番読みやすいと思う。というか、彼の小説の中で数少ない、普通の小説的な小説といえるかもしれない。俺個人としては、やはり最後の寂しさがとてもいいと思う。もしかしたら誰にでも通じる寂しさではないのかもしれないけれど。メッセージというのは自己満足だ。誰かが拾ってくれればいいと思う、でも返事は全く期待できない。それは途方もない孤独だ」
「そういうの、好きですね」
「うん。たぶん、一番透明な孤独だと思う」
「これは確かにまとまらないですね、バナナにソーセージにエデンじゃ…」
「うん。あ、コーヒー、おかわりいる?」
頷きながら、これは珍しい、と葉月は思う。普段はこんなことを尋ねたりしない。自分が飲みたければ勝手に淹れるし、そうでないなら動かないのだ。よほど気分がいいのだろう。
葉月は改めて、本の表紙に目を落とす。
バナナ剥きには最適の日々。
- 感想投稿日 : 2014年6月21日
- 読了日 : 2014年6月21日
- 本棚登録日 : 2014年6月14日
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