動的平衡2 生命は自由になれるのか

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レビュー : 115
著者 :
くらげさん 自然科学   読み終わった 

「『生物と無生物のあいだ』の人だけど、あの本は正直、面白くなかったんだ」
油絵の匂いのするガレージの隅で、蛹はコーヒーを淹れていた。そこら辺にあったマグカップに、勝手に熱いコーヒーを注ぐ。そして、大きな古いソファに腰を下ろすと、持ってきた本をぱらぱらとめくり、適当に読み返し始めた。

ガレージの主は、一心不乱にキャンバスに向かっていたが、コーヒーの匂いに気付いて振り返った。
「オレのぶんは?」
「俺が持ってきた豆だけど」
「そこにあるロータスのビスケット、食べていいよ」
「蚕も、コーヒー飲む?」
「やった!」
蚕は筆を置き、トレーナーの裾で手を拭った。それから、ポットに残っていたコーヒーをカップに注ぎ、蛹の隣に座る。身を乗り出して、蛹の手元から本を取り上げ、ぱらぱらとめくった。
蚕は、ガレージで夜通し絵を描いている。昼間は眠っていることが多い。昼夜が逆転しているので、訪ねてくる人間は少ないし、自分から誰かを訪ねていくことも少ない。蛹は、その数少ない一人だった。いつも何かしら本を持ってきて、そのまま置いていく。持って帰ることは少ない。おかげで、ガレージの隅にはちょっとした本の山が出来ていた。

「ふーん。生物と無生物のアレは、生命の定義を探す本だっけ。個人的には、生物がらみの色々な話題が取り上げられていて、けっこう楽しめたけど」
「でも、答えにはたどり着けなかった。結局、自己複製能力という、既存の定義に縛られたまま終わった感じだったように思う」
へえ、と蚕は相槌を打つ。彼は、どうやら面白そうな箇所を探して斜め読みしているようだった。
「この人、そのあとも、何冊か本を出してなかったっけ?」
「うん。で、前作の『動的平衡』で『生命とは動的平衡状態にあるもののことだ』っていう結論にたどり着くんだけど」
「動的で平衡?」
「動的で、平衡」
「動的も、平衡も、理系っぽい言葉だよね」
「絶えず変化しながら一定の秩序を維持し続けるシステム、くらいに捉えたけど」
「感覚的には分かるかも。感覚的にしか分からないけど」
うん、と蛹は頷く。
それから、ビスケットに手をのばす。
「で、この本は、動的平衡という概念を広げて生物学やら何やらを眺めてみるっていう感じ。新しかった」
「新しい? 自分のコピーを作れるのが生命、っていう考え方を変えるってこと?」
「考えてみたら、それって確かに窮屈だと思って」
「まあ、もうちょっと何かねえの? とは思うけどさ」
「うん。自己複製能力だと言われれば、そんなものかと思ってしまうけど、窮屈だし、独りよがりな気がする。それに、生命が『なぜ』存在するのか、という問いに対しては、行き止まりだし。どうでもいいけど、このビスケット、こないだ俺が買ってきたやつだよね」
「それはどうでもいいんだけどさ、『なぜ』って、理由のこと? お前そんなん考えてたの?」
「いや、理由というとちょっと違うんだけど、外側に求める何かっていうか―――生命それ自体でどうこうじゃなくて、っていう話で」
「何らかの秩序を維持するために、生命という仕組みを導入したってこと? あ、なんか違うって顔してる」
「目的というよりも、そういう仕組みを導入した結果、こういう惑星になった、っていう方が、好きかもしれない。生命という枠から、自由になれるとっかかりのようなものを感じるっていうか」
蚕は少し首を傾げ、それからじっと表紙を見る。
「うーん、まあいいや。ゆっくり読みたいから、しばらく貸してよ」
それから、休憩終わり、と言って立ち上がった。
蛹は、これからが休憩の本番とばかりに、靴を脱いでソファに横になった。

レビュー投稿日
2014年11月12日
読了日
2014年10月20日
本棚登録日
2014年10月20日
3
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