神の発明 カイエ・ソバージュ〈4〉 (講談社選書メチエ)

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著者 :
首回りICHIGOさん 読み物   読み終わった 

カイエ・ソバージュ第四弾。
「神の発明」では今までに比べてスピリチュアルな話が多かった。
以下気になったところをつらつらと。

第一章より
・「ヤヘ集会」という一般の人に開かれた集会ではシャーマンが調合して液体ジュースを飲んで、幻覚体験を行って、宇宙の力と生命の源泉である「銀河」へ出かける体験をしていた。

・幼い子供が立派な抽象画家であるのは「内部閃光」に基づいているため。昔の土器などの模様も内部視覚によるもの。つまり芸術は外の世界を見て書き始めたのではなく、自分の内側を見て書かれたのではないか。

第三章より
・アボリジニの間で知られている虹の蛇。これは創造を司るスピリット。それは雨期に雨を降らせ、大地を潤わせ、繁殖を促すため。一方虹の蛇は偉大な律法者でもあった。

第四章より
・現実とドリームタイムが同じ空間で生起しているのはメビウスの帯で表わせる。
・蛙は死の領域に近いところに生息している両義的な水中動物だとされている。月の表面にくっつき「月の隈」となっているのも蛙だといわれているし、水を吐いて大切な火を消すのも蛙。
・二つのゴッドは高神型と来訪神型にわけられる。

第五章より
・「訪れ神」は面をつけたり奇怪ないでたちで音楽性まで豊か。奄美の島の「ポシェ」という仮面の神はマラ棒という棒で女性たちを追い掛け回す。
・高神のイメージは無象性。来訪神は対極のイメージ。
・来訪神に与えられた特質のすべてが死と生命をひとつに繋ぎ、身体の内部と外部をひとつに繋ごうとする。たとえば母乳、涙、血、精液、唾液、排泄物など。人と外の境界に生えているのは植物だからそれを身にまとうことで中間的対象の性質をおびる。またグロテスクの美に近親性をもつ。

第六章より
・人間は自分の直感がとらえている世界の全体性を表現しようとして次々言葉を繰り出すが、常に自分の語りたいことを語り損ねる宿命を持っている。必ず空虚な中心が出現する。しゃべっていることはすべて比喩にすぎなく、言葉とモノを一致させることはできない。人間は真ん中に空虚な穴が開いたトーラスである。

第八章より
・空虚な穴を満たすことが出来るのは一神教の神だけである。神の知性だけが完全。私たちの非知をも包み込んでいる。

終章より
・一神教の想像力のもとでは(聖書のゴーレムや錬金術師によるホムンクルス創造は神の行為の真似のため)ロボットも人造人間も生命と非生命の対立をかかえたことで苦しみ続ける。


まとめとなる第五巻への序章である気がする。
その想像と幻想的な話の誕生の由縁の話のために別世界に迷い込みながら案内人で話を聴いている気分。
神”の”発明というタイトルも的を得ている。
神が私たちを創り、私たちが神を創ったのだ。

レビュー投稿日
2010年9月16日
読了日
2010年9月16日
本棚登録日
2010年8月27日
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