「どうだ、面白ぇか。え、こっちはどうだ」と、北斎の娘、葛飾応為を描いた朝井まかてさんがこの三十六景の北斎の「企み」を説明していた(「図書2019年6月号」)。「これは活き活きと自由に虚構を用いた、壮大な物語なのではないか」。私も今回初めて全ての作品を一覧してまかてさんの説に同意する。
例えば「深川万年橋下」。大勢の人々が行き交う万年橋を真正面に捉え、その先に隅田川、対岸には武家屋敷、橋の下のに富士山を置く。けれども、実際には橋の下の富士山を眺めるのは角度的に無理なのだ。構図的には、透視図法で両岸を描き、画面いっぱいに弧を描く万年橋。しかも中央に富士山を配置せずに、やや左にずらして、しばらく絵を眺めさせて発見させる。技巧を凝らし嘘をつき、何かの「夢」を見させる。見事である。「東海道吉田」の富士見茶屋の富士山も、あんなに見事には見えないらしい。承知で描いているのである。
「三十六景」と言えば、「神奈川沖浪裏」「凱風快晴」ばかりが表に出てくるが、やはり「観た」というならばひと通り観なくては、北斎のたくらみには乗れない。文庫本は小さいし、真ん中で改貢のために絵が切れてしまうし、色も正確とは限らない。でも、ホンモノを全部実際に観るのは、現代日本では夢物語なのだから、私はこの夏ゆっくりと手元に持って愛でて、日本美術の教養を堪能した。
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- 感想投稿日 : 2019年9月2日
- 読了日 : 2019年9月2日
- 本棚登録日 : 2019年9月2日
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