日本人はなぜ戦争へと向かったのか: 外交・陸軍編 (新潮文庫)

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kuma0504さん な行 ノンフィクション   読み終わった 

リアルタイムで番組を見た。その時は聞き流していた事柄が、今はなんと心に響くことか。私が変わったからではない。世の中が変わったからである。

2011年1月の放送開始は、NHKの良心の最後の輝きの時だったのかもしれない。今では間違ってもこんな番組作れない。よくぞ、文庫が出版されたと思うくらいである。あと2年遅かったら、本の出版さえ無理だったかもしれない。日本は未だに「出版・言論の自由」は謳われてはいるが、ことNHKに限り、それは急速に戦前の段階まで後退しているからである。

番組の最初の映像の中で流れる、無数のドミノ倒し。「もしあの時に違う選択をしたならば」そういう問題意識で作られたこの番組に喝采を送りたい。そして決定的な場面はひとつではなく、とてもとても多くあった。それが日本の特徴です。でも選択の時はあったのです。それが、そのまま現代に繋がる。

外交編では、最初に1931年国際連盟脱退の「選択」に焦点が当てられます。松岡外相が堂々と演説して、日本は最初から進んで孤立の道を選んだ、かのような認識が私にありました。教科書で学んだのが、そういうニュアンスだったからです。しかし、違った。日本は脱退など予想しないでジュネーブに臨み、英国も着地点を用意していた。

そうならなかった要因。

日本側当事者たちの甘い体質に他ならなかった。そこから浮かび上がってくるのは、「希望的判断」に終始し、その幻想が破れると「急場しのぎ」の美貌作に奔走する、国家としての根本的な戦略が欠如した日本の姿であった。(38p)

それは、現代ではTPP交渉、又言えば安保法をめぐる国家戦略にも通じる、日本政府の最大最悪最低の弱点だろう。

陸軍編では、よく「陸軍が暴走した」と一言で片付けられることが多い。まるで過去の出来事で他人事である。

しかし、ここで語られるのは、暴走の仕組みは現代にそのまま残っているということである。

外交編も陸軍編も、その組織的体質は全然変わっていない。それは基本的には旧体質が、主体的には一切反省などせずに、アメリカによって温存されたためではあるのだが、こういう番組のあとに、国民の側から、組織的体質の徹底的な反省を促す運動が起こらなかったためでもある。もっとも、この番組の直後に東日本大震災が起きて、そんな余裕を持たなかったといえばそれまで?いや、その組織的体質は原発事故体質にも引き継がれたのだから、それはそのまま、国民の側の怠慢でもあったのだと、今になって思うのは、おそらく少数意見なのだろうな。
2015年10月4日読了

レビュー投稿日
2015年10月7日
読了日
2015年10月7日
本棚登録日
2015年10月7日
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