日本人はなぜ戦争へと向かったのか: メディアと民衆・指導者編 (新潮文庫)

3.87
  • (6)
  • (23)
  • (9)
  • (1)
  • (0)
本棚登録 : 175
レビュー : 12
kuma0504さん な行 ノンフィクション   読み終わった 

このシリーズの白眉と言っていい内容。

私は1931年の朝日新聞の「方針転換」に、現代と同じ病変があると思う。当時、新聞各社がいっせいに満州事変拡大を支持する中で、大手新聞社では朝日だけが慎重論を唱えていたという。その中、リベラルで知られる編集局長緒方竹虎が、陸軍参謀作戦課長と料亭で話し合う。その後「コロっと変わった」という。2人を知る元朝日記者のむのたけじは「いや、あったと思うね。(略)国益が天空に輝いていているわけで、これが戦争遂行なんです」と感想を述べる(29p)。当時全てのメディアは満州事変の謀略を知りながら、それを国益を言い訳にして報道しなかった。それを知らないとされた日本社会は「熱狂」した。それに煽られて、日本は国際連盟を脱退する。

私は、1995年ごろ、リベラルで知られた朝日新聞が消費税の増税支持に回った頃のことを覚えている。編集部のお偉いさんが、いろんな人と対談を始めた。やはり、その時に「日本経済」という名前の「国益」が優先された。その後、日本社会を襲ったのは、雇用崩壊であり、自殺大国であり、そして欧米諸国がなんとか景気を回復する中でひとり日本だけが景気を回復出来ないままになるということだった。そういうときに現れたのがアベノミクスであり、戦争法なのだ。新聞は、それへの対案を出す政治家を報道することもなかった。高い給料を貰っている記者たちには関係のないことだったのかもしれない。最近の「従軍慰安婦誤報パッシング」はその仕上げにほかならない。

軍、メディア、国民というトライアングルによって生み出された当時の世論は、しばしば熱狂を伴った。(35p)

一部の残っていた良心的なメディアも、桐生悠々の「関東防空大演習を嗤う」(1933信濃毎日新聞)の全面謝罪広告記事で「牙を抜かれる」(38p)。これを現代に当てはめれば、東京・神奈川・沖縄各紙・等々の一部地方新聞、及び民放テレビの「一部」番組に現在行われている圧力、並びにこれから起こる何らかの「事件」で現実になるということだろう。

ラジオはその「熱狂」のスピードを速めたと言われる。テレビやネットがある現代、そのスピードはさらに速まると考える方がいいだろう。

1941年の世論調査で、なおも「日米開戦は避けられる」と六割が答えていたのは、ビックリ、しかし頷ける。そういう多数の声を、一部の「熱狂」がかき消すというのも、現代でも起こりそうだ。実際に多数の声を無視して、一部の熱狂が作った政府が、違憲の法律を、憲法が支配するはずの国会で通してしまったのだから。

指導者たちはどうだったのか。海軍が日米開戦に反対していたのは有名な話だ。しかし、森山優教授は「(あの時に戦争すると思っていた国の首脳は)皆無に等しい」という(156p)。衝撃的な実態である。それでも開戦したのは、なぜか。「解決の先送り」であり、「いざというとき、という曖昧な表現」であり、「船頭多くして船山に登る」であり、「内向きのコンセンサスが最悪の結果をもたらす」である。最後のこれは現代の政府にも言えると言っているが、それは正しい。
2015年11月4日読了

レビュー投稿日
2015年11月13日
読了日
2015年11月13日
本棚登録日
2015年11月13日
0
ツイートする
このエントリーをはてなブックマークに追加

『日本人はなぜ戦争へと向かったのか: メデ...』のレビューをもっとみる

『日本人はなぜ戦争へと向かったのか: メディアと民衆・指導者編 (新潮文庫)』のレビューへのコメント

まだコメントはありません。

コメントをする場合は、ログインしてください。
ツイートする