ミュゲ書房

著者 :
  • KADOKAWA (2021年3月17日発売)
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本棚登録 : 782
感想 : 88
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 亡くなった、じいちゃんとばあちゃんが経営していた、大正末期に建てられた洋館を改装した書店「ミュゲ書房」を、その孫が引き継いで、大型書店やネット販売に負けじと奮闘するという、本好きには堪らない、このストーリーを聞いただけで、面白くない訳がない。

 しかも、その内容の盛り込み方がなんとも贅沢であり、そこには、その孫である「宮本章」が元編集者で、リベンジのリベンジも(入力ミスではありません)兼ねていることから、店主と編集者という二足の草鞋を履きながら、更には彼を支える、本好きの女子高生「桃ちゃん」に、店内のカフェで美味しそうな軽食を振る舞う「池田くん」、庭の手入れをする「菅沼さん」の、三人それぞれの趣味的要素も加わってと、こんなに多彩なものを入れ込んで、物語として成立するのかと思いきや、これが、割と違和感なくまとめられており、そこに読みやすい文章とくれば、まさしく初めて小説を読みたいと思っている方にも、ぴったりの作品だと思う中、著者の大学図書館業務の経験も活かされた、本の知識やその紹介も印象的であり、ここから更に読みたい本の繋がりが広がっていくような、構成も素晴らしいと思う。

 しかし、私的には、もう少し書店自体に内容を絞り込んでほしかったのと、主要人物の感情表現の伴う心の機微の描写に、ちょっと物足りなさを感じてしまい、物語として、すっと読めるんだけれども、その後に残るものがあまり無かったかなと。

 そして、その物語には、ほぼ奇跡的偶然と思えるような展開や、現実にこれだけ簡単に豪華な関係者が集うことがあるのかといった、夢の要素が目白押しであり、そこに非現実感を見出すのか、小説ならではの楽しさを見出すのかは、人それぞれの判断になるとは思うが、私は後者で、そこに本書を書いた大きな意義があるのだと思う。

 著者の伊藤調さんは、本書がデビュー作であり、また、それはWeb小説サイト「カクヨム」に掲載されたものを加筆修正したものと知って、単純に、電子書籍として発表した方も、紙の本として書籍化したいのだなと知ったことが、まず嬉しかったことに加えて、本書に於ける夢のような展開には、大型書店以外は減る一方である、小さいながらも個性的な書店の現状や、流行や人気の関係ない、編集者の目で見た良い作品を出版することの難しさに、ひとすじの希望を見出したい、直向きさが込められているのだと感じられた。

 そして、それは店名である「ミュゲ」も同様で、フランス語でスズランの意味がある、その花言葉、『再び幸せが訪れる』に垣間見えたのは、たとえ、今はこのような現状なのだとしても、諦めずに書店と紙の書籍の未来を、真剣に憂えて考えている著者の姿であり、物語の内容云々よりも、まずは、その心意気を高く評価すべきなのだと、私は思う。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 小説
感想投稿日 : 2023年12月21日
読了日 : 2023年12月21日
本棚登録日 : 2023年12月21日

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