こいぬとこねこは愉快な仲間 仲良しのふたりが,どんなおもしろい事をしたか

  • 河出書房新社 (1996年1月1日発売)
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感想 : 11
5

 実際に私が読んだのは、1968年発売の童心社版でしたが、表紙の画像付きがいいと思い、こちらにしました。

 ヨゼフ・チャペックについては、弟カレルの「長い長いお医者さんの話」での挿絵のイメージが強かったのだが、物語も挿絵も彼が担当した本書は、カレルとはまた異なる、全てに等しく降り注ぐような優しい眼差しに、とても胸に迫るものがあった。

 チェコの児童文学作家、ズテネク・カレル・スラビーのあとがきによると、チェコの児童文学の本来の性格であるユーモアと、擬人化された動物物語が好きな子どもたちを思いながら、更に、彼らと一緒に話し合いたい考えもあって執筆された、この作品は、心の準備も何もいらず、自然と楽しむことができるような部分を持ちながら、物語の主人公である「こいぬ」と「こねこ」を通して、全てのものたちが未来を生きていくために大切なことを、ユーモラスな中にもしっかりと教えてくれる、そんな真摯な部分も併せ持っているからこそ、物語がより楽しく味わい深いものになるのだと思う。

 とは書きつつも、物語自体には、特別あっと驚くようなことや劇的な展開はなく、あくまでも子どもたちにとっての日常を、こいぬとこねこが同様に過ごす、そんなささやかな毎日にこそ幸せがある素晴らしさに加えて、犬と猫ならではの主張も物語に等しく書いている点には、擬人化した動物が好きな子どもたちの為もありながら、ヨゼフ自身が、人も動物も共に同じ世界を生きていく平等な存在であることを訴えているようにも思われて、特に猫のしっぽの描写には、猫好きの私にとって、切実に響くものを感じながら、優雅で美しい表現も印象的だった、そこには嬉しいことも悲しいことも表裏一体で存在するが、それでも楽しく生きることができる、そんな前向きな一面も垣間見えた。

 特にそれが顕著であったのが、9つあるうちの最初のおはなし、「こいぬとこねこがゆかをあらったら」であり、彼らの暮らす家の床のあまりの汚さに、こねこが「にんげんは、ゆかをこんなにきたなくしておかないわ」と言えば、すかさず、こいぬが「よしきた。ぼくたちも、あらおうよ」とやる気を見せるけれども、道具が無かった! でも、それでどうしたかというと・・・ここからはお互い、代わりばんこに同じ事を繰り返す展開となっていくのだが、その内容が変わっても、それだけは変わらないところに、繰り返しの妙の面白さがあって、そのあまりの面白さに、本来であれば、とても面倒くさいと思われることも段々と楽しく思えてきて、マイナスの要素もプラスに変えてくれる、そんな展開には、副題の『なかよしのふたりが どんな おもしろいことをしたか』の意味も自ずと肯けた、前向きに楽しく生きることの素晴らしさである。

 また、そうした楽しさは、ヨゼフ自身が物語に登場して、そのまま彼らと競演を果たすことや、寒い日の朝にベッドから中々出られない彼らの何気ない会話で、お互いの鳴き声を人間はちゃんと再現しないことを嘆きつつ、お互いに相手のそれを真似してみろと試してみたら、全くできずに大笑いしたり、人間の女の子たちからもらった手紙の返事を書くときには、「そだちがいいとおもうようにね」と言ったり、思わずくすっとさせられるような楽しさがいっぱいで、これらには読んでいる子どもたちも、彼らがまるで人間同様に感じられるような、そんな愛らしさにきっと親近感を抱くと思う。

 しかし、それでも時には悲しさが上回るときもある人生に於いて、金銭的な貧しさよりも心の貧しさの方がより悲しいことを訴えた、こねこの創作話「いばりやのネグリジェさん」のシンプルながらも心温まる展開に、足を怪我したこいぬの痛みが気分的に和らいだり、草むらの中に置き去りにされたお人形を、実の子どもと同じ気持ちで彼らが引き取って共に暮らすお話には、子どもたちがよく玩具を大事にしないで、その辺にほうっておいたり無くしたりするメッセージも含ませた、人や動物といった生き物だけではないものたちにも温かい視線を向けた、ヨゼフならではの優しさに、とても本書を執筆されたのが、第一次世界大戦と第二次世界大戦の狭間にあたる1929年であるとは思えない、そのどこまでも平和に満ち溢れた世界観には、思わず涙を誘われるものがあった。


 当時の時代の特徴として、評論家たちは、作家と画家としての大人向きの大事な仕事をあまり重んじないで、このような子ども向きの作品を書いていることを軽く見たそうだが、これに対して、弟のカレルは、「色々な展覧会の開会パーティに、あちこち顔を出すことと、子どもたちのために書くことと、どちらが『国民のため重要であるか』」と、兄のヨゼフを強く支持したそうで、全くその通りだと思う。

 また、ここで言う『国民のため』というのは、当然未来へ向けた視線も含まれており、それはファシズムが台頭した時代であろうと、後にヨゼフがドイツ軍に逮捕されて、裁判もされずに強制収容所に入れられようと、ここで彼が書き残した平和に満ち溢れた物語は、それを継承する者が一人でもいる限り、途絶えることはなく、永遠に残り続けて読み伝えられて、今も世界中で暮らす、チェコをはじめとした、多くの子どもたちに平和の素晴らしさと喜びを届けており、いぬいとみこさんも、おそらくそうした気持ちに心を打たれて、本書の訳者の一人となったのだろう。

 そう、たとえ彼が解放直前の1945年、最後の強制収容所で亡くなろうと、それだけは、決して変わらずにいつまでも残り続ける。


 今も争いを続けている人達に、改めて考えてほしい。

 本当の国民のためというのが、いったいどういうことなのかということを。

 それは子どもたちを悲しませることでは、決して無いのだということを。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 海外児童書
感想投稿日 : 2024年4月27日
読了日 : 2024年4月27日
本棚登録日 : 2024年4月27日

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