疲れすぎて眠れぬ夜のために (角川文庫)

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レビュー : 251
著者 :
kusugaokaさん 【教育・歴史】   読み終わった 

201605/
戦後の日本の復興を担ったのは、明治生まれの人たちです。/
そういう波瀾万丈の世代ですから彼らは根っからのリアリストです。あまりに多くの幻滅ゆえに、簡単には幻想を信じることのないその世代があえて確信犯的に有り金を賭けて日本に根付かせようとした「幻想」、それが、「戦後民主主義」だとぼくは思っています。/
人間がどれくらいプレッシャーに弱いか、どれくらい付和雷同するか、どれくらい思考停止するか、どれくらい未来予測を誤るか、そういうことを経験的に熟知しているのです。
戦後日本の基本のルールを制定したのは、その世代の人たちです。明治20年代から大正にかけて生まれたその世代、端的に言って、リアリストの世代が社会の第一線からほぼ消えたのが70年代です。「戦後」世代の支配が始まるのは、ほんとうはその後なんです。/
戦後生まれのぼくたちは、基本的には自分たちの生活経験の中で、劇的な価値の変動というものを経験していないということです。飢えた経験もないし、極限的な貧困も知らないし、近親者が虐殺された経験もないし、もちろん戦争に行って人を殺した経験もありません。貨幣が紙屑になる経験もありません。国家はとりあえず領土を効果的に保持していましたし、通貨は基本的には安定していました。/
極限的なところで露出する「人間性の暗部」を見てしまった経験があるかないかは社会との関わり方に決定的な影響を及ぼしただろうと僕は思います。/
「戦後民主主義」というのは、すごく甘い幻想のように言われますけれど、人間の真の暗部を見てきた人たちが造型したものです。ただの「きれいごと」だとは思いません。誰にも言えないような凄惨な経験をくぐり抜けてきた人たちが、その「償い」のような気持ちで、後に続く世代にだけは、そういう思いをさせまいとして作り上げた「夢」なんだと思います。/
「戦後民主主義」が虚構だということをよく知っていたのは、たぶん「戦後民主主義」を基礎づけた当の世代です。それが虚構でしかないことを彼らは熟知していました。ほとんど歴史的な支えを持たないような弱弱しい制度であるからこそ、父たちの世代は本気になって、それを守ろうとしたのです。/
社会成員が、自分たちが同意した制度を守るために、自分の仕事の「割り前」を果たすという基本的な責務を忘れたら、社会制度はもう持ちません。民主主義は「民主主義を信じるふりをする」人たちのクールなリアリズムによって支えられているものです。/
為政者の腐敗や、官僚の不誠実や、リーディングカンパニーのモラルハザードのすべてに共通するのは、「この社会はオレが支えなくても、誰かが支えてくれる」という楽観です。そんな「誰か」はどこにもいない、ということがぼくたちの世代には切実にはわかっていないのです。/
紋付きというのは、家紋が5つついています。胸に2つ、袖の後ろに2つ、大きな紋が背中に1つ。つまり家紋は3対2の比率で「後ろから見られるもの」なのです。家紋は、背中に背負う家格の象徴です。気安く触られたり泥をつけられてはいけない、非常にたいせつなものを背中の真ん中に背負っていたわけです。人間が身に着けている一番大切なものは、「自分では見ることができず、他人から見られるだけの部位」に貼り付けられていたのです。/
国益とか公益とかいうことを軽々と口にできないのは、自分に反対する人、敵対する人であっても、それが同一の集団のメンバーである限り、その人たちの利益も代表しなければならない、ということが「国益」や「公益」には含まれているからです。反対者や敵対者を含めて集団を代表するということ、それが「公人」の仕事であって、反対者や敵対者を切り捨てた「自分の支持者たちだけ」を代表する人間は「公人」ではなく、どれほど規模の大きな集団を率いていても「私人」です。/
子供がまず「礼儀正しく」ということを教え込まれるのは、子供からすると、世の中のほとんどの人間が「権力を持ってる人間」だからです。「子供である」というのは、まわりのほとんどすべての人間によって傷つけられる可能性があるということです。それくらいに「子供である」というのはリスキーな状況なのです。だからこそ、子供に向かって「礼儀正しくしなさい」と教えるのです。「君はすごく無力なんだから、まずきっちりディフェンスを固めておきなさいよ」と。/
相手が人間であれ、制度であれ、イデオロギーであれ、「死んだもの」をきちんと弔うということは。最後に唾を吐きかけるんじゃなくて、最後には花を添えて、その業績を称えて、静かに成仏してもらう。そうしないと、賞味期限の切れた腐った制度が、なかなか死なないでのたうち回るようなことになるのです。/
凝りや力みを取るために、とりあえず一番よい方法は、静かに「聴く」ことです。心耳を澄ませて無声の声を聴く。これは私の合気道の師である多田宏先生がよく口にされることばですが、外部から到来する理解不能の声に注意深く耳を傾けること、自分の身体の内側から発信される微細な身体信号をそっと聴き取ること。これは武道に限らず、哲学に限らず、人間が生きていくときの基本的なマナーだと私は思います。わずかな信号を聴き取るために、そっと耳をそばだてるときに、人間の身体は一番柔らかく、一番軽く、一番透明になります。/

レビュー投稿日
2016年5月22日
読了日
2016年5月22日
本棚登録日
2016年5月22日
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