スロウハイツの神様(下) (講談社文庫)

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本棚登録 : 9183
レビュー : 1055
著者 :
kwosaさん ミステリ(国内)   読み終わった 

この本もきっと誰かにとっての「辻村ブランド」になるのだろう。

学校と家庭が世界のほとんどを占める十代前半にとって、この二つに居場所を見いだせなければ、これほどつらいことはない。
そんな時、息苦しい密閉空間に小さな窓を開いて風を通してくれるのが物語の存在だ。
生きるか死ぬかの瀬戸際(比喩ではなく)に、あの本の続きが読みたい、次号の漫画が待ち遠しい、来週のアニメが気になる、やりかけのゲームをクリアしなければ、などが明日へのモチベーションになるというのは決して大袈裟な話ではないことを僕は知っている。

古いかさぶたを剥がされ、むき出しの柔らかい部分をなぞるようなひりひりとした感触。
そのかさぶたを集めて作った甲冑をまとい、血を流しながら行軍する赤羽環。
暗く冷ややかな泉を湛えつつ空を仰ぐ狩野荘太。
封印しながらも大切に抱えていた箱から、ようやく鋏を取り出す長野正義。
はじめからわかっていた森永すみれ。

苦手だと思っていた人々はいつしか気になる存在になり、やがて愛おしくなっている。どうでもいい人ならば最初から心に引っかからない。そういうものだろう。
大人になったいまでは、アクロバティックな綱渡りを繰り返しながらもぎりぎり魂は売っていない(いや悪魔と契約はしているのか?)黒木がかわいく思える。
千代田公輝はずっと格好良かった。

何かを生み出す人(クリエイター)はそれだけで偉い。
感想を言ったり、批評したり、あるいはケチを付けたり、そんな人達よりも圧倒的に偉い。
脳みそを絞り、体を動かし、0を1にする。
それだけで尊敬に値する。

何の意図もなく書いていた物語でも、どこかの誰かの力になっている。もし作者がそれを知り肌で感じた時、その何倍の力を生み出すのだろうか。
その力がリングのように巡って広がっていけばいい。
世界は家と学校の往復だけじゃない。
スタートダッシュは負の感情でもいいから、はやく大気圏を突破して太陽の光をエネルギーに代えてほしい。

僕は誰に向かって言っているのだろうか。
それでも、どこかの誰かに届いてほしい。

(物語はもちろん素晴らしいが、ミステリとしても一級品だと思う。最終章の伏線回収は言うに及ばず、その他さまざまな「正体」を示唆する描写や表現の細かさに、上下巻を読み返してみて驚く。
あと『とっても!ラッキーマン』を急に読みたくなったのは僕だけだろうか。)

レビュー投稿日
2013年3月18日
読了日
2013年3月17日
本棚登録日
2013年3月17日
32
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『スロウハイツの神様(下) (講談社文庫)』のレビューへのコメント

まろんさん (2013年3月18日)

kwosaさん♪

大好きなこの本に、また感動的なレビューを書いてくださってありがとうございます!

現実世界では温かな居場所を得られなかった、少女期の環が
お互いを隔てる距離のちょうど半分の駅のホームで、妹と待ち合わせをして
妹が借りてきてくれた本に大喜びするシーンが忘れられません。
長い長い助走を経て、物語も残りわずかとなったところで明かされる
図書館に一気に増えたチヨダコーキの本、コンビニの駐車場で売られていたケーキ、
待合室のストーブや、やけに画質のいいテレビの謎に
「やられた!」と思いながら、うれしくて、ぽろぽろ涙が零れて。

書き上げた作品のせいで、謂れのない非難をされたり
本当に書きたい路線ではなかなか認められないのに
本人としては避けたいジャンルで成功してしまったり
クリエイターとしての苦さ辛さもきちんと描きながら
それでもやっぱり圧倒的な「物語の力」を主張してくれるこの本が
たくさんの読者の手に届いてくれるといいな、と思います!

kwosaさん (2013年3月19日)

まろんさん!

コメントありがとうございます。

まろんさんを始め、ブクログのお仲間のタイムラインにいつも上がる辻村深月さん。
いつかは読みたいと思いながらもどれから読んでいいか悩み、熟考の末に選んだこの本。大当たりでした。

最初は、タイトルと表紙から受ける印象とはあまりに違う導入部に戸惑いながらも、次第に物語に引き込まれていきました。
ほぼ予備知識なしだったため、いろんな意味で「やられた!」感を十二分に味わえ、完全ノックアウトです。

駅のシーンは、僕自身も物語に入って柱の陰から見守る気持ちでした。
ケーキのあたりは「もしや」と思っていましたが、まさかそこまでとは。嬉し泣きですよ。
しっかり重要な伏線から軽めのジャブ程度のものまで上巻から丁寧に散りばめられいて驚きますが、それが単にミステリ的ギミックではなく、人物造形や物語構成に活かされているのには感服します。

苦悩しながら、それでも第一線で物語を生み出し続ける人達は凄い。
本当にたくさんの手に届いてくれるといいですね。
僕もこの本を読むことができた幸運を噛みしめつつ、お勧めしてくれたみなさまに感謝します。

koshoujiさん (2013年3月20日)

こんにちは。
辻村深月ファンが増えて嬉しい限りです。└(=^O^=)┐
特に、この作品を中心とする講談社路線の辻村深月ファンにkwosaさんがなってくれたことが嬉しいです。
※彼女は出版社によって作風を書き分けているようなので(本人談)。
私も、駅での出来事や、図書館蔵書やケーキの秘密などが明らかになったときは、もう涙腺決壊でした。
ああ、なんて人間の優しさって素晴らしいのだろう。
その優しさをこのように作品で表現できる辻村さんは天才だと思ったものです。
是非是非、他の辻村深月作品、講談社路線もお読みになってください。

この三月に発行予定だった辻村深月さんの久々の講談社路線最新作を楽しみにしているのですが、発売が少し延期になったようです。

kwosaさん (2013年3月21日)

koshoujiさん!

コメントありがとうございます。

どうしていままで「辻村深月」を読んでこなかったんだろう。
そんな思いを抱えつつも、楽しみがたくさん残っていると考えれば嬉しくなります。
koshoujiさんのおすすめを踏まえつつ、しばらくは講談社路線を読み進めようかと思っています。

終盤でたたみかけるように真相が明らかになっていく展開はカタルシスを感じるとともに、まさに「涙腺決壊」ですよね。
人間の優しさをストレートに描くのではなく、上質のエンタテインメントに仕立て上げる手腕も素晴らしく、多くの方々に愛されるのもよくわかります。

最新作、楽しみですね。
これからも辻村深月さんをゆっくりと追いかけていきます。

koshoujiさん (2013年3月26日)

こんにちは。返事が遅くなりました。
「スロウハイツ」の次に好きなのは、何と言っても「名前探しの放課後」です。
「スロウハイツ」同様、最後は号泣で、涙が止まりませんでした。
ただ、この作品にはラストの仕掛けに対して予備知識がないと意味が分からない部分があるので、
その意味を理解するためには、先に「ぼくのメジャースプーン」を読んでおいた方が良いかもしれません。
まあ、そこをさらりと読み飛ばせば、とりわけ気にすることもないのですが。

kwosaさん (2013年3月26日)

koshoujiさん

お返事ありがとうございます。

『名前探しの放課後』本当に良さそうですね。
みなさんのおすすめを総合すると『凍りのくじら』『ぼくのメジャースプーン』を読んで『名前探しの放課後』という流れがいいのかもしれませんね。
せっかくなので存分に楽しみたいと思います。
おすすめありがとうございます。

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