漫画家浦沢直樹の傑作『MASTERキートン』が本格ミステリになったらこんな感じ。わくわくする面白さ。
異文化圏だからこそ成り立つ、強烈なWhydunit (なぜそのような犯行に至ったのか)の連続。
サハラ砂漠を行くキャラバン、中部スペインの風車の丘、凍てつくロシアの修道院、先住民族が暮らす南米アマゾン盆地、そして......
世界を股にかける探偵が織りなす、目くるめく謎解きの物語。
「世界を股にかける探偵」なんて書き方をしてしまったので荒唐無稽な冒険譚を想像する方もいるかもしれない。
しかし冒頭で『MASTERキートン』を引き合いに出したように、照りつける太陽や風の匂いを感じさせる地に足のついた描写と、脳みそから快楽物質が出まくるような展開に満ちた極上のミステリ短篇集。
斉木の勤める会社は、海外の動向を分析する雑誌を発行している。
NPOや政府関係機関も一目置く情報誌の質を維持するためには相応の取材が必要になり、入社三年目の斉木もまた頻繁に海外に駆り出される。
年間百日以上を海外で過ごす彼は、ときに不可解な事件に巻き込まれることもあり、謎を解かなければならない状況に陥るのだった。
五篇収録。
『砂漠を走る船の道』
サハラ砂漠にて塩を交易する商隊に同行取材する斉木。
そのキャンプ中に遭遇する殺人事件。
砂漠があまりにも広大すぎて密室と同じ状況になっているという面白さ。
また少人数のキャラバンという犯人を特定されやすい状況でなぜ犯行に及んだのか。そしてそれでも深まる「犯人は誰か」という謎。
犯人側のWhydunitもさることながら、斉木がなぜ探偵をやるのかというWhydunitもいい。
夢の啓示により解決の糸口を得るというのもエキゾチックな雰囲気を醸し出して素晴らしいが、もちろん謎解きはロジカル。流麗な文章に紛れ込ませた憎い伏線の数々。
そして真相解明からのダイナミックで疾走感のあるクライマックスが最高。あらためてタイトルが活きてくる。
なお、この短篇では「あるトリック」がとてもユニークな使われ方をしていてそこも読みどころ。ラストの盛り上がりにも一役買っている。
第5回ミステリーズ!新人賞受賞作品。
デビュー作がこのクオリティというのは凄い。
『白い巨人(ギガンテ・ブランコ)』
巨大な風車群がひしめくスペイン郊外、レエンクエントロの街。学生時代の友人たちと旅行で訪れた斉木。
一転して歴史ミステリ。
イスラム教勢力とキリスト教勢力がスペイン全土で争っていた時代。
イスラム軍に追われていたキリスト教側の若き兵士が、逃げ込んだレエンクエントロの風車小屋で消失したという伝説。
友人たちとの多重解決風の推理合戦から、終盤のぞっとする展開に思わず「うわっ」と声が出た。そして見事な着地。
『凍れるルーシー』
ウクライナに隣接する南ロシア丘陵地帯に位置する女子修道院。
そこに安置されているという、修道女リザヴェータの不朽体(生前の姿を留める遺体)の聖人認定の調査に同行する斉木。そこで遭遇する異様な謎。
2014年版の本格短編ベスト・セレクション(http://booklog.jp/item/1/406277755X)にも選出された傑作。
一番のお気に入り。
実はこれを読みたくて積読の山から引っ張りだしてきたのです。
『叫び』
アマゾンの先住民族「デムニ」の村。
そこで発生したエボラ出血熱。
全滅に瀕した村で起こった連続殺人。
放っておいても死に逝く運命にあり、しかも血液感染の恐れのある村人たちをなぜ無惨にも斬りつけていくのか。
『祈り』
旅人の運命とは。
文庫版(http://booklog.jp/item/1/4488432115)の瀧井朝世さんの解説も良かった。
実は文庫化されるまで単行本を放置してしまっていたのだが(それもどうかと思うが)、もっと早く読めば良かった。
すべて素晴らしいが『砂漠を走る船の道』と『凍れるルーシー』が際立っている。
梓崎優の作品をもっと読みたい。
(余談だが『放課後探偵団』http://booklog.jp/item/1/4488400558 収録の、梓崎優「スプリング・ハズ・カム」は学園ミステリの隠れた傑作だと思っているので、ご興味のある方は是非。)
- 感想投稿日 : 2014年3月21日
- 読了日 : 2014年3月16日
- 本棚登録日 : 2014年3月16日
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