空飛ぶ馬 (創元推理文庫―現代日本推理小説叢書)

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本棚登録 : 3681
レビュー : 498
著者 :
kwosaさん ミステリ(国内)   読み終わった 

「おれもばかだが、おまえもばかだね。
 そうやって浮世のつらさを笑い飛ばす。それが落語なんです」
これは大好きな落語家、立川談春さんの高座で聴いた言葉。

幼い頃たまに家族で連れ立っていく親戚の家が、まあ退屈で。
それで、年の離れたいとこの姉ちゃんの部屋にもぐり込んで、隠れて『少女フレンド』を読むのが唯一の楽しみ。
いまとなっては時代を感じさせる、白地にオレンジのトランプのスート柄の壁紙。そしてたくさんのぬいぐるみやファンシーグッズの数々。くまさんやうさぎちゃんに埋もれながら『はいからさんが通る』や『生徒諸君!』を読み耽る幸せ。
まあ、表面上は「しょうがなく読んでやってる」ポーズを取っていたけど。

北村薫さんの連作短編ミステリ『空飛ぶ馬』を読み始めた時、そんな懐かしさや若干のこそばゆさが蘇ってきた。

主人公の女子大生「私」(あっ、この印象的な女の子の表紙イラストは高野文子さんなんだ!)と探偵役の噺家春桜亭円紫師匠との洒落たやり取りと謎解きが面白い、いわゆる「日常の謎」系ミステリ。

しかし「日常の謎」系、などと簡単に言ってしまったが、北村薫さんの『空飛ぶ馬』こそ日本におけるこのジャンルのエポックメイキングな存在なのだろう。
「日常の謎」というと、人が死なないミステリ=ライトで軽いミステリを想像してしまいがちだが、殺人事件がないからといって明るく楽しいばかりでもない。いや、むしろ人が生きているからこその仄暗さというものもある。

『織部の霊』で薄ら感じた蔵の雰囲気。
『砂糖合戦』で象徴的に引用されるマクベス。
のどかで能天気な日常にときおり影が差す。

『胡桃の中の鳥』では、あっと言わされた。
それにしても円紫師匠、いや北村薫先生のやさしさ。
つらい浮世を噛みしめながらも、それをまるごと包み込むような温かさ。
キラキラしたお仕着せのハッピーエンドではない、不安な夜道を照らす蕎麦屋の提灯のような丸く柔らかいともしび。

そしてそんな蕎麦屋にやられたのが『赤頭巾』。秀逸。

学食でカレーライスを食べていたら、ふっと左の下の歯が浮くような感じになった。
こんな「まくら」から、歯医者の待合での世間話へ。
蕎麦屋の明るい提灯に誘われ、ふらふらと屋台へと吸い込まれる。
コミカルな『時そば』を注文して「いま何刻だい?」なんて言おうと思ったら、店の親爺がつるりと顔をなでて「おまえさんが見たのはこれかい?」とのっぺらぼうの顔をだす。
背筋がひんやりする転調。
人物造形が素晴らしく、ビジュアルイメージも鮮烈で切れ味鋭い「落ち」は見事。

表題作『空飛ぶ馬』はラストに相応しい。美しい締めくくり。

短編どれもが粒ぞろいの逸品だが、通して読んでいっそうふくらむ豊かな作品世界。
架空の存在であるはずの円紫師匠の襲名の縁起や芸談がとても興味深く、話(噺)をもっと聴きたくなる。
それから今作を含め五作ある、シリーズでの「私」の成長をもっと見守りたくなる(表紙イラストの変化も気になるところ)。

いちばんの謎はやっぱり人間。
織部嫌いも砂糖の大量摂取もあれが無くなるのも赤頭巾の出現も。
そして空飛ぶ馬も。
えっ、そんな理由でわざわざ? いや、そんな理由だからこそ。

「おれもばかだが、おまえもばかだね。
だから浮世は面白いし、人間ってぇのは愛おしいもんだね」

レビュー投稿日
2013年6月20日
読了日
2013年6月20日
本棚登録日
2013年6月20日
23
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『空飛ぶ馬 (創元推理文庫―現代日本推理小説叢書)』のレビューへのコメント

nejidonさん (2013年6月20日)

こんにちは♪
いいですねぇ。読んだのはずいぶん前ですが、
わくわく感を鮮やかに思い出しました。
軽妙で通ぶるところもなく、そこはかとなくロマンティックで、大好きな北村さんです。
【 表面上は「しょうがなく読んでやってる」ポーズを取っていたけど。】
↑↑ おおいに笑わせていただきました!

次も北村さんを読まれますか?
楽しみにお待ちしてます。
いつもステキなレビュー、ありがとうございます!

kwosaさん (2013年6月21日)

nejidonさん!

コメントありがとうございます。
すでにお読みになっている方から、
「わくわく感を鮮やかに思い出しました。」
なんて、こんなに嬉しい言葉はありません。

北村さん、そしてこの「円紫さんシリーズ」
いいですね。

最初はブクログのお仲間が『秋の花』をお薦めくださって、読んでみたくて。
そしたら米澤穂信の好きなミステリに『六の宮の姫君』があがっていて、調べてみれば『夜の蟬』が第44回日本推理作家協会賞受賞。
もうこれは『空飛ぶ馬』を手に取って、どうせなら『朝霧』まで読まなければいかんでしょう。
というわけで、長く楽しい旅の始まりです。

まろんさん (2013年6月21日)

kwosaさん!

親戚付き合いは、子どもの頃も大人になっても、何かと気を遣うものですね。
きっといとこのお姉さんに見破られていたであろう「しょうがなく読んでやってる」ポーズ中の
kwosaさんの可愛らしい姿が目に浮かぶようで
冠婚葬祭ラッシュでオーバーワーク気味の心が癒されました。

そしてそして、大好きな北村さんの、大大大好きな円紫さんシリーズに
こんなに魅力的なレビューを書いてくださって、ほんとうにありがとうございます!
人間の愚かしさも愛おしさも、滋味あふれる筆づかいで包み込んでしまう北村さん。
この本を初めて読んだ時、ミステリにこんな世界があったんだ!と、震えるほどうれしくて。
当時、北村さんは覆面作家でいらしたのですが
娘にしたいキャラクターNo.1に推したいような「私」の清潔感に
ぜったい男性にちがいない!と、私だけの北村さん像を張り切って思い描いたものです。

シリーズの中でいちばん好きな『秋の花』はもちろんですが
読書好きの友人に薦めても、必ずそこで皆が挫折した、
国文科の卒論として提出できそうな『六の宮の姫君』。
あの作品も、kwosaさんなら楽しみながらしっかり読み込んでくださりそう♪

『はいからさん』の紅緒や『生徒諸君!』のナッキーの成長を
幼い視線で眩しく見つめていたkwosaさん、
今度はお父さん目線でぜひ、「私」の成長をやさしく見守ってください。
(あ、ついでに、表紙が高野文子さんだ!と気づいてくれた男性は
kwosaさんが初めてです。感激です♪)
長く楽しい旅、片田舎から全力で応援します!

kwosaさん (2013年6月22日)

まろんさん!

わぁ、おひさしぶりです!
お元気ですか? お忙しいとは思いますが、あまりご無理なさいませんように。

そして、
見破られていましたか! ああ、見破られていたんでしょうね。
いまだに取り繕ってカッコつけてしまう癖は直りません。あはは。

まろんさんお薦めの「円紫さんシリーズ」
だいぶ時が経ってしまいましたが、ようやく読み始めました。
ミステリの面白さと、魅力的な登場人物たちが織りなす物語。
七河迦南さんのレビューで引き合いに出されていたのもわかります。
北村薫さんがいたからこそ、その血脈を受け継ぐ若き世代の作品たちが読めるのですね。

>娘にしたいキャラクターNo.1に推したいような「私」の清潔感に

大学時代に「私」のような女の子がいたら......
こういうお嬢さんとほのぼのまったりとおつきあいしたいなぁ、と思いますよ。
これは文科系男子の夢ではないでしょうか。
(余談ですが、僕は結構まろんさんは「私」に重なるところが大いにあると勝手に想像しています)

これからも引き続き「円紫さんシリーズ」読んでいきます。
いい本を紹介してくださって本当にありがとうございます。
(それから、最近ちょうど高野文子さんが気になっていたんです。これも巡り合わせですね)

まろんさん (2013年6月25日)

kwosaさん!

円紫さんシリーズの「私」に重なるところが大いにある、だなんて。。。
大学受験の時、国文科に進むか音大に進むか悩みに悩んだ私にとっては
今年いちばんの、身に余るお褒めの言葉です。
大きくプリントアウトして、額に入れて飾らなくては!

実際の私は、たぶん、「私」から文学的素養を9割引き、
浮世離れ度を5割増し、ミーハー度を3倍くらいにした感じですが
kwosaさんのありがたいお言葉を胸に
冠婚葬祭ラッシュの最後を飾る、週末の岐阜行き、がんばってきますね。

円軌道の外さん (2013年6月26日)


お疲れ様です!
いつも沢山のお気に入りポチやコメント感謝感激です(^O^)

他の人にも書いてるけど
原因不明の発熱が
ずっと続いてて
ちょっと体調崩してました(汗)

お返事遅くなってすいません!


てかてか、80年代の香り漂う
いとこのお姉さんの部屋の描写に
あまちゃんの春子の部屋を
瞬時に思い出しましたよ(笑)

しかも男の部屋でなく
お姉ちゃんの部屋ってところに
なんとも言えないリアリティがあるし(笑)

小学生の低学年くらいまでの頃って
性の違いを意識しつつも
まだ女の子と変な下心なしで遊べた
今から思えば貴重な時期でしたよね(笑)

自分は施設で育ったので
普通にいろんな歳の女の子と話したり
ままごとやおはじきで遊んだり、
kwosaさんと同じく
少女漫画も分け隔てることなく
普通に読んでたし、

今の自分の雑多な趣味嗜好の方向性も
その頃の環境が影響していることは
間違いないと思います。


しかしkwosaさんの
その気にさせるレビューは
いつ読んでも素晴らしい。

粋で人情味に溢れた落語が聴きたくなったし、
無性に屋台の蕎麦が食べたくなってきましたよ(笑)(>_<)
(この小説は前々から気になってたのでリストに書いてたんやけど、この機会に探してみようかな)


kwosaさん (2013年6月28日)

まろんさん!

>実際の私は、たぶん、「私」から文学的素養を9割引き、
浮世離れ度を5割増し、ミーハー度を3倍くらいにした感じですが

あはは。
それはそれで充分魅力的でございます。

週末は岐阜ですか。
お気をつけて。天候に恵まれますように。

kwosaさん (2013年6月28日)

円軌道の外さん!

体調を崩されているなかコメントをありがとうございます。
あまりご無理なさいませんように。

『あまちゃん』の春子さんの部屋もリアリティありますよね。
まあ『あまちゃん』はリアリティの塊みたいなところはありますが(笑)

『空飛ぶ馬』は、まろんさんに教えて頂きました。いいですよ。
このシリーズはこれからも追いかけていこうと思っています。

なんか最近、自分のなかでじわじわと少女漫画ブームが来ているのですが、実はあんまり読んだことないんですよね。
でも円軌道の外さんとお話ししていると、俄然読みたくなってきました。

そして僕も無性に蕎麦が食べたい!
とりあえず『マルちゃん 正麺 醤油味』で我慢します。
では、いざ台所へ!

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