歴史哲学講義〈下〉 (岩波文庫)

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レビュー : 17
制作 : G.W.F. Hegel  長谷川 宏 
Kensukeさん 哲学   読み終わった 

哲学を読もう第2弾。

簡単に言いますと、もう何がなんだかさっぱりわかりません。一応あとがきを見ながら自分の言葉で書くと、歴史を通した哲学の、実際にヘーゲルが行った講義を弟子たちがまとめたもので、歴史を通して「自由を透視し、理性を洞察できるはずだ」と言っています。

上巻では中国、インド、エジプト、ペルシャの古代文明のなかで、当時の人々たちの基本的な考え方(精神のありかた)を述べていた。例えば、インドではカースト制という身分差別のため、バラモンはやりたい放題で下の階層に行けばいくほど、差別が激しくなり非常に精神が低いという風に書かれていた。

そして時代が進み、ギリシャのアテネでは都市国家として政治に関わるようになり、人々の精神が大変発展したうんぬん。中世からルターの宗教改革、ルネサンスの啓蒙思想、さらにフランス革命を経て人々は個人の自由と人権を獲得していった。非自由、反理性の中国やインドの時代から近代ヨーロッパ(17世紀から18世紀)には自由と理性の時代に入っていったというのを歴史を振り返りながらの講義録である。

学生の頃は歴史とは実際に起こった事実を勉強するだけで非常に暗記という印象でした。暗記の得意な僕は歴史は得意科目であった。でもそれを通してじゃあ何ができるの、といわれると返す言葉が無い。逆に歴史を哲学を通して読み解いていくと、何千年前のギリシャのアテネでは高度な精神を持っていたというのは非常に驚きだ。そして人類は宗教(ここでは特にキリスト教)の影響で教会が非常な力を持ち、考えるということをやめてしまうのが、中世の時代である。しかし、コペルニクスやニュートンの物理学における偉大な発見のおかげで、教会のあり方に否定的になり人は自由を求めて己の精神を発達させていった。

日本の場合は江戸時代までは精神の発展が遅れていたのではないかと思う。徳川幕府の影響で非常に安定した時代を築けたが、それは同時に日本人の精神という観点から言えば退廃の時期だ。それがペリーの来航で一気に日本の精神が目覚め、明治に入ると欧米の当時発展した技術的なものだけでなく、人間の本来あるべき姿、つまり自由と理性の生き物なのだというのを、間接的に知ることになったのではないか。だから福沢諭吉は日本の精神を発展させた功労者ではないのかな(あくまで独断なのであまり気にせず読んでください)

2012年6月のNHK「100分de名著」はパスカルの「パンセ」だった。人間は考える葦である、で有名な生物学者であり哲学者でもあった。彼は理性には限界があると述べていたが、同時代のデカルトは理性は万能であると述べ、結局デカルトの考え方がその後多くの哲学者に影響を与えていった。でも今改めて振り返ると、やはり世の中の出来事はカオスであり、その中で自分の理性を信じて生きていくのはもはや限界があると思うのは僕だけであろうか?

レビュー投稿日
2012年6月30日
読了日
2012年6月29日
本棚登録日
2012年6月13日
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