一揆の原理 日本中世の一揆から現代のSNSまで

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レビュー : 15
著者 :
lacuoさん 政治   読み終わった 

視点が面白い。
アラブの春におけるフェイスブックやツイッターなどSNSの活用も、一揆みたいなもの?

松岡正剛が、この本をピックアップしてた。
http://1000ya.isis.ne.jp/1532.html

松岡も言ってるけど、日本においては、一揆の研究は極めて重要。
その理由は、日本では「革命」の名のつく社会改革史が無いから。

でも、オレは、一揆って、革命の一種じゃないの?って、そういう疑問がずっとあったんだよねー。

松岡は書いてる

日本の一揆には「体制打倒」や「体制転覆」の計画がない。トマス・ミュンツァーの農民蜂起やパリ・コミューンなどに匹敵する思想性があるわけでもない。一味同心した者たちが心を合わせた土発活動なのだ。


これは、著者の主張していることと同じ。

著者は、一揆を「革命」のイメージで描こうとしたのは、戦後、主流であったマルクス主義歴史学の願望であって、実際の一揆とは、そういう政治的なヴィジョンを持たない、民衆のネットワークによる、お祭騒ぎ的なものに過ぎない、という視点。

たしかに、オレも現代の様々なデモに参加するが、それらはインターネットやツイッターで繋がった、お祭騒ぎに過ぎず、現実に政治を動かす影響力はなく、それだけの覚悟と現実的なヴィジョンを、自分自身としても、持っていない。

また、一揆的なデモンストレーションの盛り上がりが今よりずっと過激であった時代の、たとえば全共闘の運動も、結局は、時代的な大流行となったお祭騒ぎであって、丸山眞男が「無責任の体系」と呼んだ日本の政治システムについては何一つ変革することができず、流行が終わってしまえば、皆んな長かった髪を切って大企業に就職するという、極めてバカげた空疎なものであったわけだから、マルクス主義歴史学が流行遅れになった後に、こういうシラけた歴史観が出てくるのは当然である。

でも、本当にそれだけなのか?

トマス・ミュンツァーの農民蜂起やパリ・コミューンには高度な思想性があってけど、一揆にはそれが無かった、という見方には同意できない。

多くの一揆が、SNS的な繋がりによるお祭騒ぎ的なものだったとしても、たとえば100年以上も続いた加賀の一揆などの、一部の一揆には、それなりの、命懸けの思想と闘争があったはず。

でも、ヨーロッパの農民蜂起はその後の近代国家や民主主義の形成に繋がったのに、日本の一揆は、民主主義まで発展することはなかった。
なぜ?
そこが一番知りたかったとこだし、そこのところの記述が少ない。
もっと掘り下げて欲しかった。

レビュー投稿日
2015年7月11日
読了日
2015年7月11日
本棚登録日
2015年7月11日
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『一揆の原理 日本中世の一揆から現代のSNSまで』のレビューへのコメント

薔薇★魑魅魍魎さん (2015年7月11日)

おじゃまします。どうもありがとうございました、この本ザッと流し読みしてあまり食指が動かなさそうだったので精読しないでいたのでした。
一揆といえばズバリ松永伍一の『一揆論 情念の叛乱と回路』(1971年 大和書房、後に講談社文庫)に強く魅かれた私は、この民衆の叛乱というテーマにいかれてしまって、遠く千年王国主義くらいまでいってしまう始末です。
lacuoさんのレビューからは、この著者は単なる若い日本史学者で文献研究も思索も不足しているんじゃないかという感じです。といっても、緻密な学問的な学者の論文よりも、大いなる想像力でたとえ逸脱していようが説得的な独断と偏見で血わき肉躍る論考の方を好む私ですが。

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