- 百頭女 (河出文庫 エ 1-1)
- マックス・エルンスト
- 河出書房新社 / 1996年3月4日発売
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- 星を継ぐもの 巨人たちの星シリーズ (創元SF文庫)
- ジェイムズ・P・ホーガン
- 東京創元社 / 1980年5月23日発売
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ハードSFに分類されるようです。
謎解き的な面白さはありますが、不満もその「謎解き」で終わってしまう感がある点でしょうか。
謎を解く中心人物が、語り手に終わってしまったというか。
謎が謎を呼ぶ雰囲気には引っ張られるし、「人類はどこから来たのか」という謎に興味ある方々にははまるだろう物語だと思います。
少し話がそれますが、「人類はどこから来たのか」と同様、「どうして彼らがこれを知り得たのか」という謎は遺跡の発掘譚などでよく取り上げられます。古代文明を獲得したばかりの彼らが知るはずがない、これは宇宙人によってもたらされたものだという方向の解釈は好きではなく、そういう話を聞かされたときと同じような、印象が残ってしまいました。
話がさらにそれますが、「好きでない」理由は宇宙人説なんて荒唐無稽と思っているからではありません。宇宙人話を頭から馬鹿にしてるならSFなんか読まないし、宇宙人説の可能性を全否定はしないけど、人類の能力を過小評価しすぎている気がするからです。
人はそういう叡智にたどり着く能力を持っていると考える方が、宇宙人に仮託するより夢があり、楽しいと思う。
と、方向違いの印象に走ってしまいましたが、本書についてはあと少し、宇宙の深さを思い知らされるとか、広大な宇宙に小さなヒトがどのように向き合っているのかとか、何かあってもよかった気がします。
2023年6月20日
- 図説 金枝篇
- サー・ジェームズ・ジョージ・フレーザー
- 東京書籍 / 1994年10月31日発売
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- ローマ人の物語 全17冊セット (全15巻+「ローマ亡き後の地中海世界」上・下巻2冊)
- 塩野七生
- 新潮社 / -
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- 木のぼり男爵 (白水Uブックス 111 海外小説の誘惑)
- イタロ・カルヴィーノ
- 白水社 / 1995年8月1日発売
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- まっぷたつの子爵[新訳] (白水Uブックス)
- イタロ・カルヴィーノ
- 白水社 / 2020年10月29日発売
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数年ブランク後の1冊(なにしろ、記事アップの方法さえなかなか思い出せなかった)は、最初に読書ページを作ったとき、第1稿はこれと決めていたのに上手く書けなくて棚上げになってたこの本のことを。
30年ほども前、書店の平積み台にこの本を見つけ、その端正な気配に突然古い知人を思いだしました。手に取って見たら装幀者のとして、その方とは1文字違いの名前。とはいえ雰囲気に強く通じるものがあり、気になって購入。
装幀がらみで購入したせいか、活字の大きさ、レイアウトなど、気持ちのどこかでその盛りつけを楽しみ、いつもの読書以上に深く行間に入っていく気がしました。
静かな物語でした。
静かな物語、静かな文体。波のない湖水に石を投げ入れる。石は沈み波紋が広がり、再び静かな水面を取り戻す。
読んでいると気持ちがとても落ち着いて、重い着物を1枚ずつ脱いでいってる感じがしました。後にも先にも、ちょっと記憶にない感覚で。
「遠いところへ 遠いところへ心を澄まして 耳を澄まして」という帯の言葉がとてもよく雰囲気を表しています。
その後、何度も読むことになりました。
旧知が装丁者であったことは後日確認できましたが、大事なのはそういうことよりこの本に出会ったことですね。
何と言えばいいんでしょう、池澤さんの著書全てに共通するのですが、気持ちがニュートラルになるって言うか。ハイになってるときは落ち着くし、落ち込んでるときはそれが大したことじゃないんだと思えてくる。
平易な言葉さえとてもきれいです。 読む度に、「文章の力」というものが本当にあるのだと、繰り返し教えられます。
引用は部分を選ぶのが難しかったので、冒頭の一文です。
━ 引用 ━
大事なのは、山脈や、人や、染色工場や、セミ時雨などからなる外の世界と、きみの中にある広い世界との間に連絡をつけること、一歩の距離をおいて並び立つ二つの世界の呼応と調和をはかることだ。
たとえば、星を見るとかして。
★ 装幀家 戸田ツトム氏は2020年に亡くなられました。追悼の気持ちで「kinobori report」に一文を上げさせていただきました。http://jb.air-nifty.com/repo/2020/07/post-c1d9ba.html
2023年6月12日
- 怪談
- ラフカディオ・ハーン
- 国書刊行会 / 2011年7月21日発売
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。 「怪談」とシュバンクマイエル。 なんという取り合わせかと思いましたが、これはたいへん気に入りました。 絵の背景や人物はたぶん近代西洋のイラストレーションで、そこに日本の妖怪が奇妙に切り抜かれて姿を見せます。 物語とは相当ずれています。 ずれていますが、コラージュ特有の不条理なズレを持つ絵はパラレルな世界のようにずれを温存したまま物語に重なってしまいます。 別の言い方だと、和の器に東欧の料理を盛り付け、だけど食べてみたら隠れていた日本的な、たとえば杉か檜のような香が立ちあがってくる一皿。 美味です。
大判画集のおもむきなのですが、もちろん平井 呈一さんの翻訳も、わかりやすくかつ古い言葉の格を大事にしている感があっていい。 図書館で借りたのですが、返すのが惜しいほどでした。 やっぱり買ってしまおうかな。
ところで、「オトラントの城」で「シュバンクマイエル風の動画」と書いたのですが、あれはやっぱりシュバンクマイエル作品でした。
こちらにあります。 → https://www.nicovideo.jp/watch/sm14808444
2019年11月30日
朝日新聞連載中、時々読んでました。 元禄の半ば、東北の一寒村が何かに襲われての壊滅から始まる物語は、先の波瀾万丈が想像されてワクワクでしたが、挿絵がこうの史代さんだったので、ジュブナイルかな? という感もあるスタート。 情景描写が延々と続くこともなく、読みやすかったですね。 ただ、読み落とすことが多かったり1日分の短さが不満だったり、結局単行本になるのを待って荒筋が分かった上での通読。
お家騒動、二藩の確執、大きな謎の鍵となるらしい兄妹、謎の絵馬を巡るいろいろ。多様なエピソードが一つにつながっていく様は面白く、大きなテーマもあるのですが、テーマに見合う深さがあったかというと、ちょっと物足りない気がする。
まあ、なんでもかんでも重ければいいということではないので、もののけ(と呼んでいいのだろうか)が荒れ狂う様をレトロタイプな特撮を思い浮かべて楽しみました。 いっそテーマなしでひたすら破天荒に突っ走ってもよかったのではと思います。
2019年11月28日
なんというか、やっぱり「怪作!」としか言いようがない。
第一章は文具船の乗員群像。
"まずコンパスが登場する。彼は気が狂っていた。"
いきなりですよ。機能についての記述はあっても容貌についての描写は少なく、頭の中で本来の形態と擬人化された容貌の画像が揺れます。 読むにつれ、これは映像化無理やなあと強く思った文房具の擬人化。しかも(ほぼ)全員狂ってる。 人間じゃないし、そんなもん感情移入できない小説なんか読めたもんじゃなかろうがと言われるかもしれないけど、私は本気で面白かった。
第二章は小惑星クォールの千年史です。住民は十種の鼬族。 共食いあり蛮行ありで血みどろ。 人間の歴史をコンパクトに、当然歪みを持ってなぞっています。 歴史に疎い私でもこれはアレだなと分かるエピソードや人物がちりばめられてて、その歪み方も含め面白かったのですが、どうもこの章で挫折する方が多かったらしい。 だけど、一章でひたすら個々に降りていった話が、ここでは英雄や政敵、紛争などがちりばめられつつ大きな流れの記述になる、このダイナミズムの落差も面白いと思うんだけど。
「辛かったらこの章はすっとばしてもよい」とおっしゃるブロガーさんもいるくらいですが、それはあまりにももったいなすぎる。 推理小説で事件を読んだら真ん中すっとばして終章の「さてみなさんこの中に犯人が」だけ読むようなものです。
第三章。
惑星クォールへの侵攻。 途中で主体が入れ替わる文章には第一章で馴れてますが、それだけじゃなく、空間も時間も飛びます。 飛びまくります。 カットバックの多い映画みたいに。 登場人物(文具と鼬ですが)すごく多いのに。
迷走の程度がどんどん高くなり、ああ、こんな風に終わってしまうのだろうか。コンパスはどうなったのだろう。 と、本気で不安を感じましたが、みごとに静かな着地です。
最後の1行はこの奇怪な物語を物語として終わらせるに相応しい言葉だと思いました。 余韻が深い。
参考までに。「もえ絵で読む虚構船団」というページがあります。おもしろい。https://www.pixiv.net/artworks/73965509
2019年11月27日
- 遙かなノートル・ダム (1967年)
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(自サイトの「らるご書房」ではレビューより本を巡るあれこれが中心ですが、こちらでは枝葉を落として極力ドライな文にと思っています。 例外は「特別な1冊」カテゴリーで、これもそこに含まれるため、かなりウェットな文になっていると思います。 4月にノートルダム焼失。 その時書いた文を修正しました)
ノートルダムには微妙な思い入れあり。
高校の定期テスト、現代国語の長文問題にはまりました。 美についての思索文で、テストだということを忘れて引き込まれ、何度も何度も読み返し、あと10分の警告で我に返った。
問題の殆どがその長文をめぐる記述問題で、えらいスピードで答えました。考えるまでもなく手が動いてた感じ。あんな体験も、信じられないような点を頂いたのも、他には覚えがない。
その出典「遙かなノートルダム」を入手したのはたぶん数年後です。 問題の文章の舞台はノートルダムではないのですが、その本はノートルダムをめぐる思索が多く、「特別な場所」として気持ちに刻まれました。
数年後、「ノートルダムへ行きたい」を第一目的にフランス旅行をしましたが、建物の実物にはそれほど強い印象はなく、結局は、著者の思索の中心として「描かれたノートルダム」が特別な場所だったと言うことなのでしょう。
本を読んで、「行ってみたい」と思うことはまれにあります。 池澤夏樹さんの文章なんか、特に。そういう印象を非常に強く持った最初の場所であり、書物の中のドコカは、実は現実の場ではないと確認できた場所でもあり、そういう意味で、ノートルダムはやっぱり特別な場所なのでした。
下の引用は「霧の朝」から。試験問題の中心部分でもあります。
━ p.13 ━
(ひとつの彫像に惹かれ、著者は疲れ切るまでその理由を考え、かつて同じ経験を何度もしたことを思い出す)
その瞬間に僕は、自分なりに、美というもののひとつの定義に到達したことを理解した。(中略)そういう数限りのない作品が、一つ一つ美の定義そのものを構成しているのだ、(中略)換言すれば一つ一つの作品が「美」という人間が古来伝承してきた「ことば」に対する究極の定義を構成しているという事実だった。作品はもうこれ以上説明する余地のないぎりぎりの姿でそこに立っているだけだ。ぼくがそれに限りなく惹かれるという現実がある以上、僕が作品を把握するのではなく、作品の方が僕を把握しているのだ。(中略)古代の人はこういう事態に美、イデア、フォルムなどの名を命じたに相違ない。
2019年11月15日
- M/Tと森のフシギの物語
- 大江健三郎
- 岩波書店 / 1986年10月17日発売
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大江健三郎は二十歳前後で読んで以来だったので、こういう文章を書く人だったろうかと思ってしまった。 全ページに司修の挿画が地模様のように入っていて、です・ますの文体。岩波版の装幀のせいもあって、大人向け童話的方向の実験作かと思いましたが、そうではないようです。
物語は、語り部としての祖母から伝えられる村の歴史(あるいは神話)をメインに進む。
断片から大きな流れへ、そして細部へと語りを繰り返し、つまりは軸をぐるぐるとめぐっている感じで、しかも時系列は必ずしも一様には流れない。 語り口調は優しいが、なかなか本筋に至らない感じがもどかしい。
ただ、神話にしては理が勝ち、歴史にしては荒唐無稽な物語をまとめる口調としては「あり」で、土俗的なエネルギーが伝わってきます。
タイトルのM/Tというのは、matriarchとtricksterのことだそうで、神話・歴史に現れる何人かの英雄的人物をtrickster、その背後の女性をmatriarchとしてとらえています。 tricksterは分かるけど、matriarchは分かりにくい。 著者は「女族長」などの訳語を当てていますが、もっと母性的だと感じました。
第四章までは村の物語で、第五章で一気に自分と母、そして息子・大江光の物語になって、家族を題材とすることの意味を考えさせられました。 第四章までと比べてこの章は不安になるくらい読みやすかったのですが、大きな救済のある物語として終わっています。
これがきっかけで『同時代ゲーム』、『臈たしアナベル・リイ総毛立ちつ身まかりつ』まで読んでしまったけれど、大物『万延元年のフットボール』が未読。 次の課題です。
2019年11月14日
中学生くらいから何度か読んだ後、この本は絵が気に入っての購入。
挿し絵のない本で読んでいても文章のイメージ喚起力が強いので、映像が気持ちに残っている。 その映像と方向性は違うのだけれど、違和感はなく、しかも遥かに遥かに豊かです。
部分は見知っているのに、空間は不安に満ちている。 奇妙でありながらどこかで懐かしい感覚が沸く町。 そして、ある一瞬世界が裏返り、戻ってきた「ここ」は本当になじみの「ここ」なのかと不安を煽られます。
こういう、「似てはいるけど確実に現実とはズレた世界」を描く絵はいろいろあって、現代のものはレトロ感がわざとらしくて生理的にアウトな作品がとても多いけれど、これはすなおに入り込めた。 媚びがないというのか、借り物ではない作者の世界があるというか。
この本を買ってからも何度か読み返していますが、気が付くと、文ではなく絵の中を彷徨っています。 どうやら私にとって猫町は、萩原朔太郎ではなく金井英津子の絵の中に移動してしまったようです。
2019年11月12日
- 黒い美術館: マンディアルグ短篇集
- A.ピエールドマンディアルグ
- 白水社 / 1985年4月1日発売
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はっきり見えるエロは苦手だけど、どうしても気になるマンディアルグ。
同名作品集を中心に編まれたという短篇集です。 殆どの作品に血とエロスの香り。 部分的にと言うか、通奏低音がと言うか、グロテスクでもあります。
「子羊の血」がかなり濃厚でしたが、下の引用は2か所とも書評サイトなどでは余り話題に上がらない「ポムレー路地」から、最後の一頁を引用したいという誘惑を退け、冒頭と中程の文章。
一人の女に出会い、後を追ってあやしげな街をゆくだけの物語ですが、冒頭は日本ではパリ祭と呼ばれる日の明るい空。 地上に降り、目眩のするような街の描写から次第に異界めいた路地の奥へ奧へと引き込まれ、宿命とも言うべきラストまで、一気に引き摺られていきました。
━ p.131 ━
この七月十四日の素晴らしく晴れた日の暮れ方、ナント市の上空には浮遊気球が一つぽっかりと浮かんでいた。その気球には、あたかも国祭日を祝して風と潮に捧げられた生贄の供物でもあるかの如くに(後略)
━ p.151 ━
たぶん私は彼女の目に触りたかったのだろう。その手をとり、その髪に触りたかったのだろう。彼女を抱きしめ、ナント市のいちばん美しい秘密を探り出したかったのだ。
2019年11月11日
- 建築夢の系譜: ドイツ精神の一九世紀
- 杉本俊多
- 鹿島出版会 / 1991年4月1日発売
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「建築 / 夢の系譜」と思って読み始めましたが「建築夢 / の系譜」だったかもしれません。 建築史の大きな流れ、を「建築が目指す夢」と捉える。なんと蠱惑的な。
「ドイツ精神の十九世紀」と副題にあるように、語られる範囲は狭いのですが、紹介される建築の一つ一つがたいへん魅力的です。 というか、読み解き方が魅力的。 建築史全体を、こういう考え方で見直してみたい。 やっぱり今からでもきちんと勉強し直すべきだろうか。
━ p.18 ━
建築の歴史は「夢の建築」の歴史であって、地表のあちこちに残された遺跡は、すべて夢の痕跡として、時間の彼方の誰かの夢を隠し持っている
2019年11月9日
聞き覚えのあるタイトルだったので購入。
時々こう言うのが読みたくなるけど硬そう。全く理解できないのは悔しいので、取り上げられてるタイトルを3、4冊読んでから、読むことにしたら、パスするはずの丸谷才一が図書館の都合で最初に来るし、気乗りしなかった中上健次にはまるし、結局、事前の準備読んだのは以下。
井上ひさし 「吉里吉里人」
丸谷才一 「裏声で歌へ君が代」
村上春樹 「羊をめぐる冒険」
中上健次 「枯木灘」「岬」他
村上龍 「コインロッカー・ベイビーズ」
大江健三郎 「同時代ゲーム」
寄り道、遠すぎ。
で、肝心の当書。
関連があるとは思えないリストだったのに意外な視点で関連が見えてくる。
なるほど、こういう読み方をするのかと、納得も感心もしました。
けれど、ひとつの読み取り方を設定して当てはめていけば、かなりの物語を強引に同じ読みに落ち着けることができるのではないかとも思う。
とはいえ、読み方の勉強になりましたし、リストの半分はこういうきっかけがなかったら手に取らなかった本です。 感謝。
2019年11月8日
- 【「新青年」版】黒死館殺人事件
- 小栗虫太郎
- 作品社 / 2017年9月28日発売
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数十年気になりつつ手の出せなかった本の作品社版。 A5判、479ページ。 下1/3ほどが2000項目に及ぶ語註です。本文もルビがものすごいことになってます。
という物理的条件だけでなく、想像を遙かに上回る難物でした。
事件は連続殺人で、おどろおどろしい描写もありますが、近年のホラーに慣れた方にはさほど衝撃感はなさそう。 ただ、物語が進行する舞台は薄暗い時代感があって、期待を裏切らない雰囲気。
謎解きは容疑者のアリバイや動機にはさほど踏み込みません。まず、普通の方法での謎解きを楽しむ物語ではなさそうです。 それよりは、文学的素養がかなり深い関係者との言葉のやり取りの細部を捉え、様々な暗号法やオカルト的知識を駆使して、真相を探ろうとします。 というか、真相に迫るつもりがあるのか? と問いたくなるくらい、この物語は連続殺人も人の命も二の次にして蕩々と語る探偵の知識ひけらかしに尽きます。
これについて行けるかどうかで、評価は極端に分かれるのではないでしょうか。 確かに三大奇書の一つに挙げられるだけのことはありますね。
ところで、こんなものを見つけてしまいました。 全編無料で読めるようです。
→ 「まんがで読破 黒死館殺人事件」https://vcomi.jp/page_product/page_product?seriesId=42
登場人物(特に探偵)の風貌が私のイメージとずいぶん違ったのが残念ですが、ともかく、蘊蓄や謎解きの複雑な部分を大胆に削ぎ落として、ストーリーの本筋はわかりやすくなってると思います。
2019年11月7日
- 幻想の建築 (SD選書 35)
- 坂崎乙郎
- 鹿島出版会 / 1969年4月1日発売
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最初に読んでから、数十年の間にたびたび読み返しています。
目次に上がっているテーマは、「塔」「庭園」「牢獄」「宮殿」「大伽藍」など。建築史とか技術論的なものではなさそうだと匂ってきますが、確かに、工学で捉えられる建築というモノではなく、描かれた空間を含め尋常とは思えない何かを造ろうとする精神を追うような文章です。
二笑亭も取り上げられているし、シュヴァルの理想宮、ピラネージの牢獄、ルクーの工場など、いまだに心のざわつくこれらの建物を知ったのもこの本だったかと思う。
で、今になって、当書を建築に関する本と思っていたのは間違いだったと気がつきました。 これは、どうやら狂気に関する物語なのですね。その辺を勘違いしたまま当書に影響されて、学生時代はレポートの方向さえ間違えたようで、思い出したらものすごく恥ずかしい。
2019年11月5日
- サマルカンド年代記: ルバイヤート秘本を求めて (ちくま学芸文庫 マ 18-2)
- アミン・マアルーフ
- 筑摩書房 / 2001年12月1日発売
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手持ち単行本はリブロボート版で、その出版社はなくなりましたが、別の文庫に収録されててよかった。
歴史や動乱に翻弄される、あるいは動乱を起こす側の人々の物語が、巻を措く能わずとなる勢いで語られます。 このおもしろさはどこかで味わったような、と思ったら塩野七生さんの地中海三部作ですね。 あの感じに似てます。しかも「ルパイヤート秘本を求めて」ですから、私がはまらないわけがない。 あるいは、アサシン教団の方に心惹かれる方もいると思います。
ストーリーはもちろん、イスラムの文化が匂う語り言葉のかっこよさにも惹かれます。例えば
”ハイヤームは名を明かすのをためらい、口実を捜して空を仰いだ。うすい雲が三日月にかかったところだった。沈黙、そして深い息。思いにふけり、ひとつずつ星の名を挙げ、群衆から遠く離れているかのよう。一団は彼を取り巻いた。何本かの手が触れる。彼はわれに返った。
「わたしはオマル。ニーシャープールのイブラーヒームの息子だ。では、そういうおまえは、いったいだれだ」”
(ここからネタばれ)そうして翻弄されたあげく、痛ましいというほかないラストに至ります。 失われたものの大きさに胸が痛み、なんとか避けることはできなかったのかと本気で落ち込み、しばらくして、ああ、これは物語だったと思い出しました。 失われる以前に、"それ"はフィクションのはず。 なのに思い出してまた胸が痛む。
こんなに入れ込んだのはほんとに久し振りです。 しかも私の場合、喪失感の主因は人ではなくもうひとつの「もの」だ。
2019年11月5日
扉が二重(表題紙と呼ぶのかも知れません)になっていて、最初がオーカー、次が黒地とうつつから夢に入るイメージ。全ページ、薄く枠のように地模様が入っていて、「濃そうだ」と期待感が高まります。
もう、目次だけでくらくら。
「神、ヤコブの息子ヨセフの運命を、また、彼を媒として、イスラエル一族の運命を定める」、「モルデカイの夢」、「幻想詩『夜のガスパール』第三の書」、「最後の審判、もしくはされこうべの夢」、こんなのが、百数十も並んでるところをご想像ください。
1つずつは短く、アンソロジーのようですが、ボルヘスは編者でなく著者となっています。長い作品からある部分を切り取るのは創作の1つの手法であるという宣言なのだとしたら、これは楽しみだとまず思わされます。
こういう本は、ささっと読み終えたくなくて本棚での熟成を待つことになりがちなのですが、そんなことを言ってると、読まないまま「棺に入れてください」になりかねないので、せめてカバーが変色しないうちに読むべきだと思い、思い通りに堪能、次の目標ができました。この本を案内者として、元本への侵攻です。いったい何冊が可能でしょうか。
2019年11月3日