歴史主義の貧困―社会科学の方法と実践

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le-souffleさん  未設定  読み終わった 

哲学書ゆえ、非常に読みにくい。とりあえず理解できたであろう点をまとめる。
帰納法的主義(自らの理論に適合する証拠のみを拾い集めること)への批判・反証の積極的模索を「歴史主義」に対し提案した書。婉曲的には集産主義への批判。
まず、歴史主義とは「未来を予告するために社会の進化の法則をあばくことが社会科学の課題であるという信念」を教説とする主義である。
本書前半部では自然科学との対比を通じ、この主義の特徴として以下のものをあげる。
○反自然主義的な主張(物理的法則を社会学的問題に適応できない主張)
・新奇性:物理学における新しさは排列・組み合わせの新しさである一方、社会における新しさというのは排列の新奇性に還元しえない真の新しさである。故にいかなる出来事も社会発展の異なった時期には決して本当に繰り返し起こることがあり得ない。
・錯綜性:物理学のように人為的に事柄を単純化する孤立化が不可能な点、また、社会生活が1つの自然現象であり、諸個人の精神生活を心理学、生物学、化学、物理…を前提にしている。このような諸要因の巨大な錯綜性故に同時代的な諸部分を含むだけではなく、時間的な発展の相次ぐ諸段階も包含する全体の内部で、決定していくことを意図しなければならない。
・有機体性:
・全体論:社会的集団は諸成員の単なる寄せ集めではない。集団は成員を若干失っても、あるいは他の人々に置き換えられても、その性格の多くを持ちづつけることがある。つまり物理学のように配置的なものだけで説明できるものではなく、その歴史を綿密に研究しなければ、当の構造を理解することも、その将来も予測することができない。
→さまざまな社会集団の歴史をわれわれは直感的に理解するよう務めるべきという主張につながる。
そしてその「直感的了解」には3つの種類がある。
1:社会的出来事が了解されたといわれるのは、その出来事を惹起した諸力(そこに介在する諸個人や諸集団、その目的や利害)がどういうものであるかという観点から分析した場合。
2:1よりも徹底したもの。社会的出来事は1つの新しい事態を創り出すので、その個別的な分野におけるすべての対象やすべての行為が志向しなおされることを要求する。
社会的状況は物理的あるいは心理的変化でさえ少しも起こらないのに変わってしまうことになりうること。これを踏まえ、1の分析にとどまらず、あらゆる出来ごとを全体の中でそれぞれが特定の役割を演ずるものとして理解すべきである。
3:1、2の主張することを十分に認め、さらに、そのような分析にもまして、党の時期に支配的である客観的で根本的な歴史的趨勢や傾向(伝統や勢力の隆盛・衰退)を分析すること。また、この出来事が歴史過程に何を寄与しているかを分析すること。
○自然主義的な主張(物理的科学と社会学科の諸方法に共通の要素)
・理論的であると同時に経験的である点:放送の助けを借りた予測や観察による法則のテストは共通しなければならない。

上記のような特徴を踏まえ、後半部からは批判点を挙げる。
○ユートピア(全体論):全体としての社会の発展に関心をもつ。また、急進的な方法をとろうとし、社会的環境が変革される経験(革命など)に感銘を受けている。そして、その変革を合理化しようと試みる。
 しかし、「社会」という語はあらゆる社会的関係を包括しており、これらの関係をすべて統御することは不可能である。

 上記のような問題点をもつ「歴史主義」。これに対し、自身が約束する結果を産むことのできないものを批判。さらに「自然主義的諸主張の歴史的発展の法則」を求める。
 具体的には漸次的工学の応用を求める。社会諸科学はこれまで社会を改善するためにいろんな提案を批判することを通じて、発展してきた。われわれの最善の努力にもかかわらず、それを反証できないという場合にのみ理論は厳格なテストに耐えたということなのである。
 「一風変わっていて、隣人とはことなってあることの自由」、つまり「多数派と意見を異にして我が道をゆく」自由に進歩の源泉はある。人間の権利の平等化ではなくて、人間の精神の平均化を導かざるをえない全体論的統御は進歩の終焉を意味する。

レビュー投稿日
2013年8月24日
読了日
2013年8月24日
本棚登録日
2013年8月24日
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