夢見る帝国図書館

著者 :
  • 文藝春秋 (2019年5月15日発売)
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読み終えてすぐ、ラストの詩らしきものに綴られた言葉にすべてが凝縮されているとまず思った。喜和子が戦後のどさくさに一緒に暮らした城内亮平(瓜生平吉)が童話「としょかんのこじ」の後記に書いたものだ。

とびらはひらく
おやのない子に 足を失った兵士に 行き場のない老婆に
陽気な半陰陽たちに 怒りをたたえた野生の熊に 悲しい瞳をもつ南洋生まれの象に 
あれは火星へ行くロケットに乗る飛行士たち 火を囲むことを覚えた古代人たち
それは夢みるものたちの楽園 真理がわれらを自由にするところ
(”真理がわれらを自由にする”は、国立国会図書館の東京本館目録ホールの図書カウンターの上部に、ギリシア語の原文と並んで刻まれているそうだ)

上野公園のベンチで、作者とおぼしき「わたし」は、短い白髪で端切れを接ぎ合わせたコートと頭陀袋めいたスカートを着た喜和子さんと出会い、帝国図書館のことを書いてみないかと誘われて本書は始まった。
帝国図書館の来歴と喜和子の人生を知る物語との2つのパートが交互に編まれている。
”夢みる帝国図書館”パートの25章部分は、後に作家となった「わたし」が書いているのだろうと推測して読んだが疑問が残った。でもどちらでも構わないのだ。幼い頃の喜和子が一緒に住んでいた「兄さん」(童話作家)やその恋人の話を下敷きにして喜和子が想像した話や、帝国図書館ができるまでの社会情勢を基に、図書館を訪れただろう名だたる文豪たちのエピソードが次々と盛り込まれている。興味深い作家たちの逸話では、読んでいたらもっと首肯できるだろうと、自らの勉強不足を幾度恨めしく思わされたことか。
有名な上野動物園の象の花子のこと。戦争で餌が不足したり、檻から逃走する動物が危険だからじゃなく、戦争をする心を子供たちに植え付けるためだったとあった。戦意高揚のための抹殺!「動物をみて和む日々はおしまい。我が国は戦争をしているのだから犠牲が必要だ。お国のために命を捧げる覚悟が必要です。動物たちも死にます。お国のために崇高な犠牲となって。このような犠牲を強いたのは憎い憎い敵国ー、だから武器を手に取り、1人でも多くの敵を殺しましょう!」。
他にも日本陸軍が侵攻した香港で図書を略奪したこと、東京が空襲にさらされ戦局が厳しくなり蔵書が疎開されたことなどが描かれていた。
喜和子死後の章に入り、40歳で離婚し上京した彼女と関わった人々により、彼女がたどった本当の人生が謎解かれる。
喜和子は宮崎で結婚し娘・祐子をもうけている。その娘が18歳になるのを待ち、封建的だった婚家先を飛び出していた。祐子はそんな母を憎んでいる。祐子の一人娘・紗都に喜和子を理解してあげたらと諭される。祐子が言う。「上野の生活の方が、宮崎で人並みに暮らした日々よりもお母さんにとっては大事だとでもいうの? 思うようにならないことがたくさんあったのはわかるけれど、家族と暮らし父と結婚をして娘を授かった生活よりも、なんだかよくわからない戦後のどさくさ紛れみたいな日々の方が大事だったっていうの? 普通は、忘れたいのはそっちのほうじゃないの?」。それに対し紗都は「大事だったのは戦後のどさくさ紛れの生活じゃなくて、自分で決断して家を出て来て始めた40代からの生活だったんじゃないの。物心ついた時は親戚の家をたらい回しされ、居心地がいいとは言えなかった。再婚した宮崎のお母さんの家に引き取られても肩身の狭い想いは消えなかった、そして結婚生活にも裏切られている」「だから喜和子さんは娘を18まで育ててから、独りで上京し図書館に通い自分で自分を育て直したんじゃないの。記憶の断片をたどって、自分が自分であるために必要な物語を作ろうとしたんじゃないの」と返している。喜和子自身はそこまで娘に酷いことをしていないと思っている。娘の気持ちが分からないでもないが、喜和子は18歳になる娘を見届けて行動を起こしているのだから母親としての責務は充分果たしていると思う。家を出るのも勇気、留まるも勇気が要っただろうなぁ。40歳で自分の生き様を探そうと新たなスタートを切った喜和子の思いは大きく、並々ならぬ決意だっただろう。
さほどの蓄えもなく東京で暮らし始めた喜和子は、飲食業で働いたり大学教授の愛人となりながら、古本屋で見つけた『樋口一葉』全集をそろえ居心地の良い部屋に包まれる生活を送った。
喜和子が語っている。「お金はいちばん大事、お金がないと書棚が買えない。蔵書が置けない。図書館の歴史は金欠の歴史」
喜和子の生涯が、福沢諭吉が西洋にある『ビブリオテーキ』を日本に創設しようと明治政府に提言してから、戦争に翻弄され財源がないと幾度も立ち止まざる得なかった図書館の歴史と重なった。
散骨希望が叶えられ、喜和子は彼女にふさわしく大海原へ旅立ちきっと諸国を漫遊していることだろう。

※喜和子の本名は貴和子なのだが、平和を喜ぶという意味をとって、敢えて喜和子と改名しているのもさすがです。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
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感想投稿日 : 2019年7月6日
読了日 : 2019年7月5日
本棚登録日 : 2019年7月5日

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