村上春樹初期三部作の第二弾。
『風の歌を聴け』も『羊をめぐる冒険』も、学生時代に読んでいながら、この作品だけずっと読まずに今まで来ていました。
著者の、まだ青さの残るノスタルジックな文章は久しぶり。
タイトルに『1999年の夏休み』を連想しますが、当然ながら、全く違うストーリーでした。
静かな悲しみと喪失感に満ちた物語。
井戸や双子の女の子が象徴的に作中に登場し、『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』が、この小説の発展形となっていたことを知りました。
この作品では、まだ象徴の兆しのような程度でしかありませんが、長い時間をかけて、イメージを膨らませ、彼の作品を語る上での重要なファクターとしての命を与え、大きく育てていったことがわかります。
東京で過ごす僕と、故郷の港町に暮らす親友の鼠の二人を並行させて、話は進みます。
恋人を失った僕と、恋人から離れる孤独感に苦しむ鼠、二人のメロウでアンニュイな感情が流れていきます。
恋人を、おそらく彼女の死によって失った僕は、心の穴を埋めるように、憑かれたようにピンボールマシンに熱中しますが、そのマシンも、ある日突然失われてしまいます。
再び別れを経験し、消えたピンボールマシンを探し回る僕。
それは、出口の見えない閉塞した現在から脱出しようとしているようにも見えます。
マシンとの思わぬ再会。異世界への入り口のような描写が印象的です。
僕が、そうした出会い、別れ、再会、再別を体験している間、遠く離れた場所にいる鼠は、彼女の元を去り、なじんだ世界を離れることへの計り知れないおそれにおびえています。
どちらも、今いる場所からどこか出口を探して、向かっていこうとしていますが、その先に明かりは見えず、全てが曖昧。
なんとか変わっていかなくてはという焦燥感もあるのでしょう。
見えない明日が闇にまぎれて忍び寄るよっていくなよるべなさも、文章から伝わってきます。
癒えぬ喪失体験を抱えたまま、都会に暮らす二人。
この初期三部作が、後に『ノルウェイの森』につながっていくのも、わかります。
結論があるわけではなく、どこか未消化な感じで終了するのはいつものこと。
『風の歌』と同じジェイズ・バーも登場します。オーナーのジェイは中国人だそう。
『風の歌』にも記述があったか、もう忘れてしまったのか、思い出せません。
さらに、バーをやっているのに一滴もお酒が飲めないと語られており、これは『風の歌』にはなかった記述です。
最近の彼の物語を読んでから、初期作品に立ちもどると、文章はバランスに欠け、かなり荒削りで、方向性を決めあぐねているといった印象を受けますが、私は、まだ暴力的な気配が出ていない、やるせなさに満ちた初期作品の雰囲気の方が気に入っています。
『風の歌』と『羊』を、久しぶりにまた読み返してみようと思いました。
- 感想投稿日 : 2012年6月27日
- 読了日 : 2012年6月27日
- 本棚登録日 : 2012年6月27日
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