日本の音 (コロナ・ブックス 161)

  • 平凡社 (2011年7月25日発売)
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感想 : 13

著者・編者が明記されていない本は、文責の所在がはっきりしないため、どこか疑うような気持ちが出てきてしまうのですが、この本はそんなことも気にならなくなるほど、わかりやすくそして抒情豊かな内容でした。

形に残らない音をどうやって文章で表現するのだろうと思ったら、日本画に示された音を紹介しています。
自然の音、鳥獣の音、歴史と生活の音、年中行事の音に章分けされ、さらに細かく音別にまとめられているため、漠然と見ていたような絵画から、確かに音が聞こえてくるような感じがしてきます。

随所に、著名な芸術家の音に関するエッセイも掲載されており、雰囲気たっぷり。
日本語は語彙が豊かで、雨にしろ風にしろ雪にしろ、さまざまな表現があります。
それをさらに絵で表現しようとする繊細さに気がつきました。

音そのものも、わかっているようで知らなかったことがいろいろありました。
「奥山に紅葉踏み分け鳴く鹿の声聞く時ぞ秋はかなしき」のように、鹿の遠音は哀れを誘うものとして歌の主題になっていますが、実際には他のオスを威嚇している雄鹿のうなり声なのだとか。

孔雀の鳴き声は甲高く「イヤーン、イヤーン」と聞こえて、格調高い絵の雰囲気を壊してしまうとか。
真雁の鳴き声はグヮーン、雁金はカリカリと聞こえるから雁になったのだろう、とか。
鶉のオスはグァックルルル、メスはヒヒ、など、鳥の鳴き声が詳細に記されているところに、音へのこだわりを見ました。

「砧の音」の項目があったことに驚きました。砧とは、公園の名前でしか知らず、どんなものかわかりませんでしたが、衣類用の布を打った木や石の台とのこと。
打ちつけられる布のくぐもったかすかな音を、絵に入れる画家。
その絵から音を連想しないのは、鑑賞する上でやはりなにか足りないのです。

「囁き」の項目では、上村松園の『春宵』が、上品ながらもとても艶めいていて印象的でした。
自然の大きな唸り声や爆音も紹介されていても、全編を通じて感じられるのは「耳をすませる」ことで体感できる、日本の光景の静けさ。
これは、空間や空白をよしとする、日本人独特の美的感覚に繋がるものでしょうか。
改めて、日本画の繊細さと奥行きの深さが感じられます。

一つ一つの絵にきちんと解説がついているため、広重の「白雨」も大観の「緑雨」も、どんなものか理解でき、胸のすくような観賞を楽しめました。
一冊丸ごと風流な本。
絵画を鑑賞する時には、ただ平面的な美しさや構図だけでなく、その質感から立ち上ってくるように連想される音や温度までも、五感をフルに活動させるべきだと気付かせられます。

広重は「風景の抒情詩人」と言われるとのこと。
これまで眺めるだけだった東海道五十三次の宿場を、今度は音を感じて楽しんでみたいと思いました。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 芸術・文化
感想投稿日 : 2012年6月19日
読了日 : 2012年6月19日
本棚登録日 : 2012年6月19日

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