別のしかたで:ツイッター哲学

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本棚登録 : 196
レビュー : 17
著者 :
ljszさん 人文・思想   読み終わった 

十代で千葉雅也と縁を持ってしまったせいで、何をしても心の底から楽しいということはなく、どうせ知性は極められないからせめて社会に沿うような上昇と、芸術から離れないアウトプットをと思う程度の努力をする日が延々と続いている。ほとんど呪いだと思うけどそれに生かされてもいる。
この本の企画はくだらない。著者があとがきで書いているような設計思想があったとしても、何かひねりを入れた美学やヤンキー風の装いがあるのだとしても、知人に紹介するのが妙に恥ずかしいくだらなさがある。でも担当者が、天才の出現にうちひしがれたんであろうことは想像がつく。
さて内容は最高であった。

<blockquote>仕事がうまく進まない、そう感じたときは、行き詰まった、と思うのではなく、行き詰まりを「感じている」と思うべきだ。問題は、まずもってその「感じ」からの回復である。 p5</blockquote>

<blockquote>ネゴシエーションの和訳、「切り抜ける」っていうのはいい。あるいは「うまくやる」とか「やりすごす」。つまり、原理的に解決するのではなく、アドホックにさしあたり問題ないかのようにしてしまうこと。ネゴシエートするってのは純粋にロジカルではない。レトリカルに筋を通す。 p26</blockquote>

このあたりは、哲学者とサラリーマンの仕事観に一致を見て衝撃的であった。千葉雅也の書くものに「あるある」感を感じることなどありえないと思っていた。今まできっと読んでいたであろうツイートを再編集すると、このように刺さる。

そもそも、僕が初期のファミコンのゲームソフトに感じた魅惑の核心は、現実世界の惰性的に再現ない拡がりを、ゲームソフトの「狭いなりに広い緊張した世界」へと切り詰められるということだったと思う。 p60

<blockquote>なぜ、紙の書物が集中して読みやすいかと言うと、一冊の本は汎用デバイスではないからだろう。iPadやキンドルでは、他にできること、他のコンテンツの可能性がつねに脳裏に浮かんでしまう。紙の書物は、コンテンツとハードウェアを一対一対応させた、極端に有限化されたデバイスである。 p60</blockquote>

タンジブルビットへの興奮を思い出した。

<blockquote>特殊な言い方で表現しようとするときに、「変な言い方ですが」とか「言葉は悪いですが」とか「勝手な解釈ですが」とか言っている限り、素人さんの世界から出られない。留保なしにズバッと言うべし。 p83</blockquote>

<blockquote>ミステリも、近現代詩も、密室性を構築するわけです。そして詩は、その短さ(ポーは詩は短いものだということを強調している)において、極まった密室劇であるわけです。 p136</blockquote>

レビュー投稿日
2018年10月14日
読了日
2014年8月18日
本棚登録日
2018年10月14日
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