働くみんなのモティベーション論 (NTT出版ライブラリーレゾナント)

著者 :
  • NTT出版 (2006年10月13日発売)
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言葉の重要な機能のひとつとして、無意識的な行動の意識化が挙げられる。


僕たちは、日々、必ず何らかの行動論理に沿って生きている。しかしその行動論理は、しばしば僕たち自身にも気付かれることのないまま、僕たちの背後から、僕たちの行動を支配することになる。僕たちはいちいち自分の行為の理由について反省することはない。そんなことをしていたら、毎日の生活をスムーズに営むことができないだろう。


しかし、もしあなたがいま、人生につまずいているのなら、自分のなかで暗黙の知となっているものに目を向けなければならない。そこに言葉を与えなければならない。そうすることによって、僕たちはどういう場合に成功し、また失敗するのかといった自己の傾向を知ることができる。


人は自分が意識化することができるものには対応することができる。したがって、自分のなかにある傾向を知ることは、自己の好ましくない傾向を、より好ましい傾向へと変化させることにつながる。これができることは、人が自律的に生きるための重要な一要素といっていいだろう。


いま、キャリア研究で知られている金井壽宏氏の『働くみんなのモティベーション論』(NTT出版)という本を読み終えた。この本の主眼は、上に述べたような行為の意識化が、自らのモティベーションを維持・管理するための重要な能力であるという点にある。この本のなかでは、それを「自己調整」(self regulation)と呼んでいる。


著者が本のなかでくりかえし強調していることは、自分がどういうときにうまくやることができるのかということについて、自ら説明できるための「持論」(Practical theory-in-use)を持っていることが、「自己調整」をする上での鍵だということである。


この点について、僕は完全に同意する。自己の状態を適切に診断して、客観的に説明できることが、プロフェッショナルであることのひとつの定義である。それができる人にはつねにどっしりとした安定感がある。だから、安心して仕事を任せることができる。


著者はそうしたプロフェッショナルの事例としてしばしばイチローを挙げているが、僕もこれまでイチロー選手の自己調整の能力には注目し、大きな尊敬を感じてきた。彼は自分がなぜヒットを打つことができたのかということについて、いつも明晰な言葉で語ることができる。たとえば「あのボールをヒットにできるという感覚を持った自分に気付いたとき、必ず打てると思った」といった具合に。そのように自己の身体の動きを対象化し、そこに言葉を与えることができればその分だけ、ヒットを打つ確率が偶然に左右されることが少なくなる。イチローが、毎年あれだけ安定した成績を残すことができるのは、彼の高度な自己対象化能力によるところが大きいのではないだろうか。


もうひとつ、この本が指摘している重要なことがある。持論は自分だけに妥当するものでなく、多くの人に妥当するものであるべきだということだ。持論が単なるひとりよがりな「自論」であるとき、人はその自論を万人に当てはまるものだと考えてしまう。しかし、ある特定の理論でもってすべてを説明できると思い込むことは、これまで、数々のコミュニケーション不全を生み出してきた。持論は多様性に開かれた、柔軟なものでなくてはならない。


著者はその持論の多様性と柔軟性を兼ね備えていることを、人を指導する立場にある人に必須の能力であるとしている。発達論的にいえば、これは、後期合理性段階(Achiever段階)の個人としての特質であるということができるだろう。


この本のなかでは、したがって、そうした幅の広い持論作りの助けになるように、モティベーションに関する理論と研究の数々が紹介されていて、それなりに役に立つ(モティベーションの理論というのは言われてみれば当たり前のことばかりを指摘しているので、内容はやや退屈だが)。


僕たちの生きている社会は、いかに組織の行動論理を一律に個人に浸透させていくかということを考える傾向にあり、各自が持論を持つことの重要性についてはあまり語られてきていないように思う。その意味では、この本の主張は非常に重要であるし、また、共感することの多いものであった。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
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感想投稿日 : 2012年5月31日
読了日 : 2012年5月31日
本棚登録日 : 2012年5月31日

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