lonesinkerさん アンソロジー   読み終わった 

実は、これと並行して、『いまだから読みたい本 3.11後の日本』を読んでいたのだが、胸の奥深くまでまっすぐに入ってくる言葉がどちらに多く収録されているかというと、これはもう明らかなのだ。
その違いは、おそらく、短編小説という形式がもたらす制限のためではなく、いま必要な言葉を聞きたいと願う作り手の切実さの問題だろう。ことが起きてからわずか5カ月めの「記念日」にこんな本を発行しようという出版社の蛮勇には恐れ入るが、ここに参加した「実力作家」のひとりひとりが、この短期間にどれほど深く事態を受けとめて言葉を成熟させ得たか、無惨なほど露わにされている。
川上弘美の『神様2011』は、やはり読み返すたびに新たな感じ方をさせてくれる傑作。川上未映子の『三月の毛糸』も、「その世界では三月までも毛糸でできあがっている」という言葉に、この世界で生きることの痛みと不安を結晶させて、忘れがたい一篇となっている。
一方で、「私はかつて『この国には希望だけがない』と書いたが、今、わたしたち日本人は、希望の光だけは失っていない」などと「私たち日本人」を主語にして能天気かつ粗雑なステートメントを述べることのできる村上龍とは対照的に、デイヴィッド・ピースは、関東大震災の直後、「よき市民」として自警団に動員された芥川龍之介の視た世界――娼婦たちや子どもが真っ先に犠牲になり、朝鮮人は虐殺されている――を通して、惨事に終わりはないと暗示するのである。
他の作品にも、もちろん悪くないものはあるけれど、この種の本はやはり、アンソロジーとしての評価が問われるべきだろう。その意味でも編集責任者が明記されていないのは不誠実というしかない。

レビュー投稿日
2013年9月5日
読了日
2013年9月1日
本棚登録日
2013年9月5日
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