小さいおうち

著者 :
  • 文藝春秋 (2010年5月27日発売)
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本棚登録 : 3440
感想 : 688
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まるで昔の絵本のような、可愛くってレトロな装丁。扉をひらいて読み進むと、それが、語り手の「タキちゃん」が生涯愛した、赤い屋根とステンドグラスの「小さなおうち」、そして、まだお嬢さんのような「奥様」のイメージを表したものだということがわかってくる。
しかし中島京子じしんは、甘いどころか、とてつもなく巧い作家だ。郊外の新興ブルジョワ家庭をきりもりする女中の目を通して、歴史書からは想像のできない当時の人々の「気分」が浮かびあがる。「坊っちゃん」にあたえられるブリキの玩具や、「奥様」の仕立てる服、「タキちゃん」が家族につくる食事、睦子さんが引用する吉屋信子の文章など、細かい道具立てに、微妙な空気の変化を映しだす手腕は、見事といったらない。
もちろん、「タキちゃん」の現代っ子の甥が批判するように、この「小さいおうち」のおとぎ話のような愛らしさは、外の恐るべき現実に背を向けているからにほかならない。でも作者の筆は、のしかかる現実の重みに縮みゆく世界を、甘い感傷も皮肉もなく、切実な愛情をもってまっすぐに描きだす。それは最終章であかされるように、ひとが生き延びるために、心の奥で大切に守りとおした最後の領域だったのだ。
「小さいおうち」を圧しつぶすものの重みを知っているからこそ描ける、小さきものの愛しさ。巧くて素直な筆致に、深く共感する。
それにしても、タキちゃんのつくるごはんの美味しそうなこと。こんど試してみようかな。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 日本の小説
感想投稿日 : 2012年1月12日
読了日 : 2012年1月11日
本棚登録日 : 2012年1月12日

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