まるで昔の絵本のような、可愛くってレトロな装丁。扉をひらいて読み進むと、それが、語り手の「タキちゃん」が生涯愛した、赤い屋根とステンドグラスの「小さなおうち」、そして、まだお嬢さんのような「奥様」のイメージを表したものだということがわかってくる。
しかし中島京子じしんは、甘いどころか、とてつもなく巧い作家だ。郊外の新興ブルジョワ家庭をきりもりする女中の目を通して、歴史書からは想像のできない当時の人々の「気分」が浮かびあがる。「坊っちゃん」にあたえられるブリキの玩具や、「奥様」の仕立てる服、「タキちゃん」が家族につくる食事、睦子さんが引用する吉屋信子の文章など、細かい道具立てに、微妙な空気の変化を映しだす手腕は、見事といったらない。
もちろん、「タキちゃん」の現代っ子の甥が批判するように、この「小さいおうち」のおとぎ話のような愛らしさは、外の恐るべき現実に背を向けているからにほかならない。でも作者の筆は、のしかかる現実の重みに縮みゆく世界を、甘い感傷も皮肉もなく、切実な愛情をもってまっすぐに描きだす。それは最終章であかされるように、ひとが生き延びるために、心の奥で大切に守りとおした最後の領域だったのだ。
「小さいおうち」を圧しつぶすものの重みを知っているからこそ描ける、小さきものの愛しさ。巧くて素直な筆致に、深く共感する。
それにしても、タキちゃんのつくるごはんの美味しそうなこと。こんど試してみようかな。
読書状況:読み終わった
公開設定:公開
カテゴリ:
日本の小説
- 感想投稿日 : 2012年1月12日
- 読了日 : 2012年1月11日
- 本棚登録日 : 2012年1月12日
みんなの感想をみる