中島敦 (ちくま日本文学 12)

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レビュー : 45
著者 :
lonesinkerさん 日本の小説   読み終わった 

教科書に載ってる「山月記」は有名だけど、そういえば他の作品はあんまり読んでないかも、とトヨザキ社長&岡崎氏の『百年の誤読』で気がつき、とりあえず文庫で手頃な一冊を購入してみました。
「名人伝」「山月記」「李陵」「弟子」「盈虚」「牛人」など、中国の古典に題をとった、最も世に知られている作品群のほかに、「狐憑」「木乃伊」「文字禍」と、より広く古代東洋に題をとった作品、「幸福」「夫婦」「雛」「マリヤン」「巡査の居る風景」など、日本の支配下にあったパラオ島や朝鮮を舞台にしたもの、世にうまく馴染めない青年としての中島自身の煩悶が色濃く投影された悟浄ものや「かめれおん日記」、さらに詩歌もくわえ、中島敦の作品世界の全体像をつかむのに手頃な一冊だと思います。
東西の古典に通暁していたことを実感させる、極めて洗練された文章の美しさは論じ尽くされた感があるけど、この作品集で初めて気付かされたのは、彼自身の生きた時代をはるかに超えていくような視点は、古代だけに向けられていたのではなかったのだということです。
パラオ島に赴任していた時の体験に題をとった「雛」や「マリヤン」は、審美的エキゾチシズムでも、あくまで日本や日本人を批判するための道具立てとしてもなく、日本の植民地行政の末端官僚としての自身と、その支配下にありながら別の尺度を生きている島人たちとの交流のなかに生じる微妙な摩擦を描き出しています。
より暴力的なかたちで植民地支配が噴出する朝鮮を舞台とした「巡査の居る風景」では、朝鮮人の青年につきまとう漠とした恐れと、日本人の紳士から丁寧な扱いを受けて喜んでしまう心理を描き、なんと、関東大震災における朝鮮人虐殺さえ示唆している。いわゆるプロレタリア作家ではなかった中島敦がこれほど植民地主義に敏感な視点を獲得していたのは、自身が日本社会の中で溶け込めないという意識をもっていたせいだったのでしょうか・・・
身体が弱かっただけでなく、これほど敏感で繊細な心をもっていた中島が当時の日本で生きていくのは大変だったのだろうなと、「かめれおん日記」や「悟浄」の連作を読むとつくづく思います。せめてあと数年生き延びて終戦後まで創作活動を続けていたらどんな作品を残しただろう。最後に収録された動物たちを詠んだ短歌からユーモラスな一面もうかがえるところもいいです。

レビュー投稿日
2014年10月11日
読了日
2014年10月9日
本棚登録日
2014年10月11日
2
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