子どもに期待をかけすぎてつぶしてしまう母親というのはどこの国にもいるものですねえ。
この映画の主人公は、ルーマニアの上流階級に属し、医師の夫をもつ建築家の女性。息子が反発して実家によりつかないのをヨメ(実際は子連れで同棲している恋人)のせいだと思いこみ、合鍵を使って勝手に家に入り込んだり、家政婦を使ってスパイさせたり(これはコワい!)。冒頭で息子に「あんたの世代は早く死に絶えろ」と暴言を吐かれたと愚痴ってますが、自分の誕生日で踊りまくる姿をみていると、この母、息子なんかよりずっと生命力にあふれてて、永遠に死にそうにない感じです。
一方の息子はというと、いい年をして反抗期のように母親に暴言を吐くわ、そのくせ自分が起こした交通事故の責任に向き合うこともできず、世話を焼く親に反発しつつも尻拭いしてくれるのを黙って期待しているような腰ぬけに育ってしまっています。まあ、どんなダメ息子であれ、そして社会的には許されないことであっても、手を尽くして救いたいと思うのは、もしかすると多くの親に共通する思いなのかもしれません。
しかし悪いことには、被害者の家族は貧しくて警察の汚職にも無力なのに対して、この主人公の家族は裕福で権力者にコネもあるということ。事件を息子とともに乗り切ることを通して、おかしくなってしまった息子との絆を回復したいと願う母親は、目撃者の買収、そしてこれまで敵とみなしていたヨメとの共闘さえ申し入れます。
しかし面白いのは、母と息子の膠着した愛憎関係に変化のきっかけをあたえるのが、このヨメが、息子の愛情を母と奪い合う女、というポジションに立たないことを宣告する時だということです。
自分と同じように息子を愛しているからこそ取引ができると思っていた「敵」を見失った母は、彼女が語る息子の姿を通して、自分の息子への愛を客観的に見るきっかけをあたえられることになる。そして息子もまた、母への憎しみによって支配されてきた自分自身の徹底的な無力さに向き合うきっかけをあたえられることになる。
クライマックスで、被害者の両親を前に、加害者である、そしてその責任に向き合う勇気もないような自分の息子に対する愛をとめどなく語り出してしまう母。とんでもない行為ではありながら、それは彼女が執着から身をひきはがす行為であるのかもしれません。はっきりは示されないけれど、ラストシーンにはひそかに救いの可能性が感じられます。全編を通して抑制のきいたドキュメンタリー風のタッチが印象的。
- 感想投稿日 : 2014年12月22日
- 読了日 : 2014年12月12日
- 本棚登録日 : 2014年12月22日
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