国家の品格 (新潮新書)

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本棚登録 : 6866
レビュー : 1125
著者 :
ルーさん トンデモ   読み終わった 

(2006年頃読んだ直後の感想です)
『国家の品格』(藤原正彦/新潮新書)について、「論理的におかしい文章が山ほどある」とか、「事実誤認や誇張のカタマリだ」とか、そういう野暮なことを指摘するのは、もういいやと思う。それより、この本が200万部も売れた理由のほうを考えてみたい。

 この本のいいところはどういうところ? ネット書評で惜しみなく★★★★★をつけている気前の良い皆さんに聞いてみよう。まず、平易でわかりやすい。読んでて「そうそう、まさにその通りだ」と思える。日本人であることに誇りを持てるようになる。そして、読んで元気になれる。すばらしい効果だ。まさに五つ星にふさわしい! では、その効果の源泉はどこにあるのか?

 この本が「わかりやすい」というのは、たとえば水戸黄門が「わかりやすい」のと似ている。あらかじめスジが決まっている時代劇のように、読者側がすでにそう思っていることを、さまざまな事例を出してスッキリ言い放ってくれるから「わかりやすい」のだ。
 この本が「心地よい」のは、『キャンディキャンディ』と同じ理由による。少女マンガの王道は「そのままの君が好き!」だ。リクツなんてどうだっていい。論理には限界があるのさ。好きになるのに理由なんていらない! 著者はみんなのアタマをなでて「そのままでいいんです」と言ってくれたのだ。
 この本を他人に勧めてまわる人がいっぱいいる。中には配ってまわる人もいるという。きっと「まさに自分の思ったとおり!」の本だから、みんなにわかってほしいんだね。占い師の決まり文句に、こういうのがある。「あなたは懸命に努力しているのに、周囲の人はわかってくれないんですよね?」 みんな「そう、そうなんです!」と大きくうなずくそうである。

 水戸黄門と少女マンガと占いである。最強だ。これより強力なおもてなしなんて思いつかないほどだ。読者はこの本を読んで、爽快感と慰安と勇気をもらう。こんなにお得な本はナイではないの。
 こう考えていくと、この本は確かに「リクツ」の本ではない。はっきり「セラピー」の本である。「あなたに心地いい言葉を言ってあげる」……スピリチュアルな江原某の本とか、美容の天才な齋藤某の本とかと、おなじなのだ。
 そしてこの本は、まさにそのように作られたものだという。雑誌の記事などでは、まず最初に結論が決まっていて、それにぴったりくることを言ってくれる人を探すものだ。この本は「ちょっと愛国心とかはやってるから、読者にキモチイイこと言ってくれそうな人はいないかなぁ……」と編集部が調べるうちに、講演などで注文通りのことを言っている著者を発見し、その講演原稿を手直しする形であっという間に作り上げたそうである。(かなり情報ゆがめてますか、スミマセン、でもそんなふうに聞こえたのです、リクツじゃないのです)
 そもそも講演というのは、カネを払って聞きに来た客を、たのしませてナンボである。言うなれば芸人といっしょ。めんどくさいことをしろとか、おまえらは頭が悪いとか言っていては、次のお座敷がかかるものか。客をもちあげておだてていーい気分にして帰すのが優れたスピーカーに決まっている。藤原先生は、ものすごく優秀な芸人さんなのである。

 ちゅうわけで、『国家の品格』はすばらしい娯楽本である。さすが200万部も売れる本は、売れるだけの理由がある。ちょっと心配なことといったら、この本を正しく「娯楽」として消費するのではなく、「本気」にしちゃうイタイ人が、ごくごく少数出ちゃったらこまるなぁくらいのものである。
 なぜなら、この本はひとつの取引を持ちかけているからだ。リクツ抜きに癒し、励まし、自信と誇りを持たせてあげる。だって、ただ日本に生まれただけで、あなたはすばらしい歴史と感性をその身に備えているのだから。その代わりに、リクツ抜きでこの国を愛しなさいと。
 果たしてこの取引、お得だろうか。考えない代償というのは、だいたいにおいて高く付くような気が私はするのだが。まぁ、そんな後先考えない取引に応じてしまう人は、この本を「娯楽として」読んでいる人にはいないだろうと思うのだが…………。

レビュー投稿日
2014年3月30日
読了日
2006年3月30日
本棚登録日
2013年5月19日
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