グルブ消息不明 (はじめて出逢う世界のおはなし スペイン編)

  • 東宣出版 (2015年7月17日発売)
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 ときは1990年、ところはスペイン・バルセローナ。特殊任務を帯びた宇宙人2名を乗せたUFOが地上に降り立った。自由自在に姿を変えられる能力を発揮し、よせばいいのにマルタ・サンチェスという人気歌手(日本なら安室奈美恵相当?)の姿をまとって調査に出た2名のうちのひとり・グルブは、最初の通信を寄こしたあと、速攻ナンパされて消息不明になってしまう。残された〈私〉は相棒を探すため、間近にオリンピックを控えててんやわんやのバルセローナを、行き当たりばったりに探索することになる。
 よせばいいのにオリバーレス公伯爵(17世紀スペインの代表的な貴族、日本なら織田信長相当?)の姿を選び、バルセローナの中心地に乗り込んだ〈私〉。

○八・○○ ディアグナル通りとグラシア大通りの交差点に姿を現す。路線バス17番バルセロネータ-バイデブロン線に轢かれた。頭部を取り戻さなければならなくなる。衝突によって抜け落ち、転げていったのだ。
○八・○一 オペル・コルサに轢かれる。
○八・○二 荷物運搬のワゴン車に轢かれる。
○八・○三 タクシーに轢かれる。
○八・○四 頭部を取り戻し、衝突した場所のすぐ近くにあった噴水でそれを洗う。

 いきなりこれでは、先が思いやられる。全編こーいう報告書文体、ボケの一人語りなので、存分に突っ込みを入れつつ読むのが吉。

一五・○○ 街中を系統立てて歩いて回ることにする。一箇所にとどまっているのはやめた。それによって私がグルブに会わない蓋然性は百京対一にまで減じる。それでもなお、結果は不確かなままだが。日光反射式の地図を便りに歩く。私はこれを、宇宙船から出る際に体内の回路に埋め込んでおいたのだ。カタルーニャガス会社が開けた溝に落ちる。
一五・○二 カタルーニャ水力発電会社が開けた溝に落ちる。
一五・○三 バルセローナ水道局の開けた溝に落ちる。
一五・○四 国営電話会社の開けた溝に落ちる。
一五・○五 コルセガ通り自治会の開けた溝に落ちる。
一五・○六 理念場の地図を頼るのはやめにして、踏みつけている地面を見ながら歩くことにした。

 ほれ言わんこっちゃない。
 
 グルブがいなくなった「九日」から「二十四日」まで、一日一章ずつで十六章。毎日姿を変えながら、絶対なにかをやらかすこの宇宙人は、はたして首尾よく相棒を見つけられるのか? 何ひとつ地球のことを知らない〈私〉の目を通して、抱腹絶倒のバルセローナ案内が展開される。

 もとは新聞連載という本書、一章10ページくらいの気軽な読み物として、一日一章ずつゲラゲラ笑って読めばいい。でも、宇宙人ゆえの勘違いによるドタバタ喜劇、だけにはおさまらない。日常の光景に意外な角度から光が当てられ、はっとさせられる。バルセローナっ子への皮肉や、聖書へのあてこすり、貧富の格差や差別に対する鋭い視線が「笑い」の中にたくみに織り込まれている。

 たとえば地球到着から十日目、相棒を探して街を散歩する〈私〉は、とある広場で、多数の老人たちがひなたぼっこをしているのを目撃する。

 一一・○○ (前略)去年の夏に置き去りにされたままの老人たちがまだ座っているベンチがいくつかある。かなりミイラ化が進んでいる。二週間前に置き去りにされた老人たちの環境への適応状態は、まだ熟すにはいたっていない。私はそうした人たちのひとりの隣に座り、マドリードの新聞の文芸別冊を読む。誰かが老人たち同様にここにうち捨てていったものだ。

 とか、

 全人種の中でも黒人とよばれるそれ(黒いからそう呼ばれる)が最も才能豊かなようだ。白人よりも背が高く、力強く、身軽だ。しかも馬鹿さ加減にかけて白人と遜色ない。それなのに白人は黒人のことを高く評価していない。たぶん集団的無意識の中に、遠い時代の記憶が今も残っているのだ。昔は黒人が支配する人種で、白人は支配されていたというから。

 とか。たとえ宇宙人視点でもギリギリ、とは思うものの思わず笑ってしまう。

 市内を彷徨するうち、チューロ(揚げ菓子、チュロス)が大好きになり、なじみのバルをつくり、気になる女性ができて、次第にバルセローナの虜になっていく〈私〉。観光都市として有名だが、本書で描かれるのは、もっと生々しい姿だ。
 バルセローナに詳しくなければおもしろさ半減? いやいや、先を急ぐ本ではない。口絵の地図を見ながら、なんならわからない地名や人名はググってみながら、ゆっくり読めばいい。これが楽しめたら、同じ著者の『奇跡の都市』(やはりバルセローナを舞台にした、本格ノワール)もおすすめ。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 小説
感想投稿日 : 2015年9月13日
読了日 : 2015年9月13日
本棚登録日 : 2015年9月13日

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