迷子の王様: 君たちに明日はない5 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (2016年10月28日発売)
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本棚登録 : 736
感想 : 91
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リストラ請負人村上信介の「君たちに明日はない」シリーズ最終巻。大好きなシリーズだったので、終わってしまって残念…でも、本当に素晴らしい作品だった。以下それぞれの話ごとの感想。

トーキョーイーストサイド
早稲田出身のエリートだが下町出身のマリエは、どんなに学歴が高くても「知的背景」が自分には無いとコンプレックスを抱いている。常に外部と比較してしまうこと、拭えないコンプレックス、社会から受ける学歴の逆差別など、すごく共感できた。大学進学をキッカケに、それまでの自分の世界との違いを感じること、それは「視野が広がった」なんてレベルでは無くて、それまで自分を構成していたものが崩れていく感覚で、同級生のふとした会話からマリエが感じた衝撃がリアルに伝わってきた。

迷子の王様
モノづくりに関するお話。時夫は優秀で、やる気もあるエンジニアにもかかわらず、その技術を活かせる製品の需要が世の中から失われていき、ついにはリストラ対象となる。日本のモノづくりはいきつくとこまできてしまって、技術は進歩するのにもかかわらず、客の購買欲はドンドン失われていく。自分には手に職がないことがコンプレックスだったが、時夫のように人生をかけてきたものが役立たなくなる絶望という、別の辛さが技術者にはあるのだなと思った。「技術の進歩によって数年後こんな仕事は失われる」と言われる現代において、この話のラストは、どんなに時代や技術が変わっても人のアイデアと適応力があれば仕事は無くならないだろう、と思わせてくれた素晴らしいものだった。読後感が最高。一番好きな話かも。

さざなみの王国
あまり人とコミュニケーションをうまくとれない書店員の女性の話。「いつの時代から、外交的な人間が良くて、内向的な人間はダメだって言われ始めたんでしょうねー」この台詞は心に残った。自分の行動の理由と動機がハッキリしている人間ばかりじゃないよなぁと思った。

オンザビーチ
真介自身のこれからの話。本当に名言のオンパレードだった。「ある程度まで考えて答えが出ない問題は、その時になってまた考えればいい」「未来は常に不確定です。そしてその分だけ、気楽です。」「ぼくたちの今は、死ぬまでずっと連続して一つの通過点でしかない」「頑張りさえすれば手に入った立場が死ぬまで続くと思えた時代はとうに過ぎ去った」「本人を取り巻く状況も世の中もものすごいスピードで変わっていく。変わらないものがあるとしたら、本人の気持ちだけだって」…とあげればキリがない。ハッとさせられる台詞ばかりだった。人生は何かになれたら、どこかの立場に到達したら、終わるものではない、全て通過点に過ぎずその時その時で考え、選択していくものだと認識させられた。そして「潰しがきく」とか「儲かる」といった動機で仕事を選んでもいつか続かなくなる、逆に気持ちの部分がしっかりしていればどんなにニーズのない仕事だろうが繋がっていくのだろうと思えた。

垣根先生の文章は本当に読みやすく、心に訴えかけてくる素晴らしい文章だと思う。このシリーズがもう読めないのは残念だけど、新しい垣根作品を楽しみに待とうと思う。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2016年12月14日
読了日 : 2016年12月14日
本棚登録日 : 2016年12月14日

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