データベースマーケティングやデータマイニングの話を聞くたびにぼんやりと感じていたモヤモヤを解消してくれた。
予測の根拠(最近はAIが分析するので根拠すら示されないが)として統計的な説明がなされるのだが、そもそも確率統計の教科書は赤玉白玉での説明からスタートしており、数学での説明が成立する世界を前提にしている。
したがって、数学的に計測できる要素が大量に出現する、製造ラインや機械の故障診断や不良発生率の問題については統計は役に立つと思うのだが、そもそもの要素が計測できているか怪しい人間の購買行動や意識調査データを数学的に分析することは適切なのだろうか。
著者は、予測などできない(意味がない)世界「果ての国」と、おおまかな予測はできるかもしれないが、それでも異常値は発生する世界「月並みの国」のたとえで、我々の住む世界はほとんどが不確実なもので、予測できるものはごくわずかな部分にすぎないことを指摘する。
にもかかわらず「予測」という行為に惹きつけられてしまう人間の性質を、心理学の実験や進化論、プラトンのイデア論から始まる思想史に触れて考察するくだりは非常に面白い。
それにしても血液型占いのような迷信は真に受けなければよいだけだが、高尚に見える数学モデルで世の中を解明した気になって、政策決定に悪影響しか与えていない「経済学者」は本当に有害無益な存在だ。
ケインズが新古典派経済学者をキャンディードのたとえで「頭の中で考えたモデルと現実をごっちゃにしている」と批判していたが、そこから何も進歩していないのが悲しくなる。
- 感想投稿日 : 2019年4月24日
- 読了日 : 2019年4月23日
- 本棚登録日 : 2019年4月15日
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