ディエンビエンフー (1) (IKKI COMICS)

著者 :
  • 小学館 (2007年8月30日発売)
3.74
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本棚登録 : 783
感想 : 73
5

ベトナム戦争を舞台に、日系アメリカ人サクラが、北ベトナムの殺戮少女プランセスとグリーンベレーの血塗れの戦いに巻き込まれる……という内容。作者は西島大介。私はこの作者の漫画を今まで読んだことがなく、『陽だまりの彼女』とかの表紙絵を描いた人、というイメージしかなかった。キャッチ-なカワイイ絵柄+毒もあるよ、という感じ。


でも、この作品にはちょっとぶっ飛ばされてしまった。ベトナム戦争という『プラトーン』や『地獄の黙示録』や『ランボー』などで描かれた、血みどろで終わりがなく、狂気に満ちてアメリカが負けた戦争を、西島大介のカワイイ絵柄で描ききれるのだろうか? という疑問が、まずあるかもしれない。私は、前知識が全然ない状態で読んだので、そこに描かれる世界観に「なんじゃこりゃ?」と驚き「これは凄い」と唸ってしまった。


歴史区分的に「現代」をどこからスタートさせるかについて、ヒロシマ・ナガサキ後からという見解がある。なぜかというと、核爆弾を持つことで、人類は人類を滅ぼす力を手に入れたからだ。これは、人類史上最も画期的なことと言える。そして、漫画中ではルメイの言葉「ベトナムを石器時代に戻してやる」を引用することで、ベトナムが「原始」であることを暗示している。このどうしようもない断絶の中で、「現代」の申し子であるリトルボーイことヒカルと、太古からの血筋を引いたお姫様が相思相愛になってしまう、という図式が面白い。


この漫画はベトナム戦争の時系列に沿って、その裏で起こる北ベトナムの死神のような少女と、グリーンベレーの戦いが描かれるので、可愛い顔した登場人物が当然のように殺しまくる。少女はアメリカ兵を八つ裂きにするし、グリーンベレーは山岳民族の少年兵を使ってベトコンを皆殺しにするし、ベトナム戦争的な描写(殺人、レイプはあたりまえ)もどんどん出てくる。西島大介の絵柄でそれを描くというのは、一つには一種の「ファンタジー」としてベトナムのリアルを読めるものにできるという作用と、もう一つには、この絵柄によってリミットを外した描写ができる、というポイントがある。


また、一人一人のキャラクターがとても丁寧に造形されていて、「敵も味方もない殺し合い」に説得力を持たせつつ、彼らが無残に死んでいくことで作品にも深みが増している。野良犬たち(ストレイ・ドッグス)の面々や、山岳民族の少年兵は、みんなキャラが立っていて素晴らしい。特に、リトルとジャジャマルのエピソードは泣ける。


で、主人公ヒカル・ミナミは悲惨なベトナム戦争の最中でも、まったく悲壮感がなく、内面がない人間として描かれている。ヒカルにとっての内面は、プランセスに対する愛しかなく、それ以外のものがない……というのは、彼がプランセス以外の写真を撮影できない(フィルムが入っていない=心がない)ことからも明らかだと思う。


物語の構造は、『ドラゴンボール』の魔人ブウ編が一番近い。悟空たちが悪役(グリーンベレー)で、皆殺しにされてしまう魔人ブウ編というべきか。なので、作中最強キャラの一人であるヤーボ大佐が死んだあたりが、一番物語的に勢いのあったときだと思う。


これがテト攻勢編になると、黒い三蓮華やヤスクニとかが本格的に絡んできて、正直言って、史実とファンタジーの絶妙なバランスが崩壊してしまったかなぁと。北ベトナム側のキャラクターが、プランセスを含めて(グリーンベレーに対して)あんまり魅力的じゃない。西島大介の絵柄で「カワイイ」というだけで、キャラの立たせかたにも失敗している。北ベトナム軍の将軍であるディンとトンはすごく良かったのに。


でも、これからの展開がどうなるのか? ヤーボ化したライトニング少尉はどうなるのか? ヒカルの内面はこれからどうなるのだろう? 「仙人みたい」と書かれているホー・チ・ミンはどう物語に関わるのか? など興味は尽きない。あと、巻末には作者による解説が非常に詳しく載っていて、ベトナム戦争についての勉強にもなる。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: マンガ
感想投稿日 : 2013年10月13日
読了日 : 2013年10月13日
本棚登録日 : 2013年10月13日

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