小学4年生の世界平和 (ノンフィクション単行本)

  • KADOKAWA/角川書店 (2014年3月26日発売)
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感想 : 29
5

子供たちが世界平和を目指すゲーム「ワールド・ピース・ゲーム」という教育プロジェクトのノンフィクション
ゲームの考案者であり、教師のジョン・ハンター氏がこのゲームを行ってきた中で、子供の変化や気づきやアイデア、その発見のために必要なものなどが語られる


ワールド・ピース・ゲームとは
架空の国や民族や国連の各役割を与えられた参加者が、「50の危機をすべて解決」し、「4つの国すべての資産がスタート時より増えている」状態を目指すゲーム

ゲームフィールドは宇宙空間、大気圏の上空、地上と海上、海中の4つの層に分かれていて、それぞれに資産となるものや軍備などのアイコンが配置されている
経済力に格差のある4つの国と2つの少数民族
先生はまず4つの国の首相の役割を生徒に提案していく
受け入れた生徒は自分で他の閣僚を任命する
他の役割は少数民族の族長、国連、世界銀行、武器商人、気象の神(気象や株式市場といった無作為な変動を司る)など

そして特殊な役割の「破壊工作員」
表の役割と兼任で「ゲームを台無しにする」事を目的として、限られた資金の中で先生にアクシデントを指示する役割
資金は潤沢にあるわけではないので、表の役割で敢えて嘘を付く必要がある所謂人狼のような役割を秘密裏に任命する


50の危機は、国家間の貧富格差、民族の独立や宗教との兼ね合い、気候変動、環境破壊、絶滅危惧生物、飢饉など、ありとあらゆる問題がさらに複雑に絡み合っている

複雑な危機とは例えば、「貧しい国が所有する孤島に絶滅危惧種が生息していて、その島で未開拓の資源が発見された。この資源からの収入を得られなければ、飢饉を防ぐことができない。その資源の調達先を確保したい経済的に豊かな隣国に採掘権を売却したい。しかし、資源開発は絶滅危惧種を危機にさらすため、生態系保護に強い信念を抱いている第三国が反対している」など、交渉が二者間で完結しなかったり利害関係や複数の課題への影響を考えなければいけないもの

参加者はそれぞれの立場で交渉や協調、場合によっては威嚇や武力によって課題の解決に取り組む

先生はゲームの最初に「こんな世界を君たちに引き継がなければいけないことを申し訳なく思う。正直言って解決方法はわからない。君たちはいったいどうしたらいいと思う?」と問いかけ、課題解決には自分たちので正解を見つけなければいけない自覚を促す


課題の解決に必要なものは、知識、創造性、叡智、そして思いやり

これまで行ってきたゲームで「もうダメだ」と思った事も何度かあったが、最後にはすべて勝利してきたとの事

途中で先生の関与も疑われるものの、本人も言っている通り自分も解決方法も知らないのにゲームの誘導なんてできそうもないかな
ルールの概要だけだと一見複雑そうに見えて、実はゲームバランスの調整がかなり上手く設定されているのではなかろうか?
ただ、日本で行われたときの映像を見る限り、解決への方法が穴埋め方式の文章になっているテキストもあったので、何度もゲームを開催してきた事による絶妙のバランスなんだろうね

別で調べたところ、40年間1100回のゲームですべて勝利しているらしい
はやはり疑わしいところがあるとは思ってしまう


紹介されているエピソードをいくつか

「普段はトロい生徒が終盤でいきなり八面六臂の活躍で問題のほとんどを一瞬で解決してしまった」とか
「争いを好む首相をクーデターで追い落とす」だとか
「武器商人がエネルギー産業に参入し、国家の資源問題を解決する」だとか
「油田地帯の反政府集団を排除するためにミサイルを発射をしてしまうやつ」だとか
「無計画に隣国の石油地帯を占領したように見えた少女の本当の意図」だとか

普段の人間関係をゲーム内に持ち込んで独裁政治を敷くなんてのにはどう対処すればいいんだろうね
ゲームシステム上でそんな人間を追い落とす事ができたのが幸いだけどさ

逆に普段はおとなしい子なのに、いきなり隣国の油田地帯を戦車で包囲する女の子
「自分が何をしているかわかっている」の問に対して「わかっている」と答えて、ゲーム内時間で数日後その意図がわかるところ
現実の時間では2週間くらいなんだろうけど、その子の立場ってどうだったんだろうなぁというところを心配してしまう

一番面白かったのは、パブロかな

「パブロ!君は見抜いたんだね!」
「ハンター先生、ボクには全部見えてます」

これ、絶対に盛ってるだろ(笑)
唐突に「わかる」瞬間が来るというのもまぁわからないでもないけど、描写の仕方に作為を感じる

閃きのエピソードで紹介されているもうひとつのやつ
最貧国の資産が足りない終盤で寄付の提案を思いつくところ
いやいや、寄付するとか普通に一番最初に思いつくでしょとか思ってしまうのは野暮なんだろうなぁ
あと、その方法が現実的かどうかというのもまた別の話で
ただ単にお金をあげるだけでなく、資金の用途を提供側も利益になる形に限定するODAみたいなやつなら現実でも行われている事だよね

いちいち大げさな表現だと思う



ゲームを通じて想像力を養うエピソードも好きだ
軍事行動によって死者が発生した場合は、意思決定した人が家族向けに手紙を書かなければいけないというルール
授業参観のお母さんに読んでもらったときの教室の空気を想像するに、皆がゲームだけでなくとてもリアルに感じたんだろうね




エンプティスペースという考えは現代人にとって一番必要な事かもしれない
何もないところで、自分に向き合い、戦略を立てる空間と時間
目の前のタスクに押しつぶされている人にとってはそんな時間が取れないからこそどんどん解決策がなくなっていくという悪循環な気がする


伝えたい事が何度も言い回しを少し変えただけで出てくるので、その辺の理念に関しては削ってもよい部分が多い
個人的には、ゲームのルールや詳細の説明がもっと欲しい
でなければ、このゲームがどのくらいの難易度なのか、生徒の判断がどのくらいゲームのセオリーから外れていそうなのか判断できないのでね
軍事行動を起こしている描写が多数見られるけど、ゲームの目的をすべての参加者が正しく理解しているのであればそんな行動が起こりようもないように思える
だからこその破壊工作員という役割ができたんだろうけど、だとしても悪手な気がする
もしかしたら、軍事行動が有用なようにゲームバランスが調整されているのかもしれないので、詳細なルールが知りたい

ファシリテーターが途中でルールを追加したりする場合もあるようで、インタラクティブなものなので明確なルールとか掲載しにくい面もあるのかなとも思う

期待はずれだった部分は、子供たちの提示した解決方法とか、意思決定のプロセスとかが書かれているかと思ったけど理念的な描写が多かったところ
豊かな発想力による解決策をもっと知りたかったかな



ちなみにこの本を手にとったきっかけは、山本弘さんの『BISビブリアバトル部』でビブリオバトルの本として紹介されて興味を持ったから
全部読んでみてやはりよかったと思うし僕も読書会で紹介しようと思うので、読者の行動に影響を与えるという意味で『BISビブリアバトル部』もすごいと思う

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2021年5月18日
読了日 : 2021年5月7日
本棚登録日 : 2021年5月18日

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