文庫 銃・病原菌・鉄 (上) 1万3000年にわたる人類史の謎 (草思社文庫)

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本棚登録 : 6276
レビュー : 440
制作 : 倉骨彰 
mathmagicさん  未設定  読み終わった 

 昨今、歴史認識という奇妙な言葉が独り歩きしているように思う。私がここで「奇妙な」という形容詞を用いたのには理由がある。歴史を学問の一つとして捉えるならば、認識という主観を伴う表現に疑問を感じるためである。歴史が学問でないのであれば、それは想像の産物であり、余暇を楽しむための遊戯であり、個の中で閉じた世界である。より広い世界において物事を語り合うためには、その世界で共有される言語が必要であり、少なくとも今の世の中において、それは「科学」と呼ばれている。
 この本では、人類史という観点から歴史を「科学」することに努めている、あるいは努めようとしている。偏見を伴う思考から導かれる安直な結論や論理の飛躍、意図せずに行われてきた根拠に乏しい仮定などの思考停止を排除し、ある種妥当と考えられる論理を用いて、人類が何故かくある歴史を築き上げてきたのか、別の歴史を歩まなかった必然性とは何かを問う作品である。故にこの本は歴史の真実を書き下したものではなく、当時のより妥当だと思われる推論を展開した文章に過ぎない。「科学」とは真理を問う行為そのものを重視するのではなく、妥当な推論を重ねることで真理に近づこうとする過程に意味を見出すのである。
 この視点において、「銃・病原菌・鉄」は良く書かれていると思う。専門家にしか読むことのできない論文とは違い、一般読者向けに豊富な資料や参考文献も合わせて、始めから終りまで懇切丁寧に解説した文章には滅多にお目にかかることができない。文章の構成も分かりやすく、まず疑問という形で命題が提示され、背景知識として幾つかの視点からそれが考察される。そして様々な調査による事実を根拠として挙げ、その事実が満たされるための妥当な推論を展開していく。最後に結論があり、最初の疑問と合わせてその回答が紹介される。多くの学術的な文章と同様な構成ではあるが、それでも読みにくいものはいくらでもある中で、これ程までの大作を書き上げることは至難の業だろう。そして何より日本人にとり重要なことだが、邦訳が実に親しみやすい文章である。原作と比較している訳ではないので誤謬の存在は否定できないが、文章として違和感なく読むことができることは珍しい。
 内容は下巻を読み終えた後で紹介することにするとして、この本の主題を一つ紹介しておく。それは文中でも幾度となく取り上げられるが、なぜ人に持つ者と持たざる者が現れるのか、富や権力、技術や知識に不均衡が生まれる原因は何かという疑問である。各民族の能力に差異があるとか、偶然の産物と結論付けることは単なる思考の停止である。かつて数学者パスカルが人を「考える葦」と表したように、人類の歩んだ歴史を「科学」という言葉で「考える」ことで、人類史に意義を見出そうとする。こうした意志を私はこの本から感じ取れるのである。

レビュー投稿日
2014年4月11日
読了日
2014年4月11日
本棚登録日
2014年4月11日
3
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