豊饒の海 第四巻 天人五衰 (てんにんごすい) (新潮文庫)

3.84
  • (235)
  • (168)
  • (305)
  • (21)
  • (2)
本棚登録 : 1960
レビュー : 196
著者 :
M-CHAMPさん 2012   読み終わった 

2012年の読み納めとして、夏頃からのろのろ読み進めていた「豊饒の海」を最後まで読み終えた(文庫版で登録したが、実際には新潮社の三島全集13・14巻にて読了)。いつもなら第一巻のみ登録してレビューを書くところだが、この作品についてはレビューを書くなら最終巻にしておかないと…それくらい、第一部の読後感と第四部まで読み終えての印象とに大きな差がある作品。
タイトル通り春先の雪のような清さと儚さが美しい第一部「春の雪」、盛夏のような生命の炎の熱さを感じる第二部「奔馬」、実りの秋のような熟れた肉体を持つ“転生の清顕”、その官能の陰に忍び寄る腐敗をも感じる第三部「暁の寺」、そしてこれら若さを散らしていく美しい命たちを見守り続けた男が老いという人生の冬を迎える第四部「天人五衰」。織り込まれた四季のモチーフのほか、明治末から昭和の戦後までをカバーする物語の時代背景が、移り変わる日本の姿と共に「全ては須臾の間」という何とも言えない無常感を与える。
ドラマチックな転生のモチーフが前面に立つのは第二部まで。第三部・第四部はむしろ、若さの盛りで命を散らし再び青春を輝かせるために“転生”してくる存在に固執する男――若さを謳歌することなく通り過ぎた男・本多の、息詰まるような執着(憧れと欲望がないまぜになったような)が前に押し出されている。ドラマチックな若い生の傍観者であり続けた本多、彼がその執着の対象である“転生の清顕”と見込んだ少年を手元に置くと、少年は課せられているはずの運命を免れ、本多は解脱にたどり着くことなく、月修院門跡の一言に茫然自失して物語の終わりを迎えることとなる。
転生の天人であるはずの透は、本多によって救われたのか、汚されたのか。それともそもそも、天人ではなかったのか。清顕というまばゆい存在を体当たりで「愛した」聡子が積み重ねた生の果ての老いと、そのまばゆさを「覗く」エクスタシーに囚われた本多が駆け続けた生の果ての老い、その隔たり。三島にとっての“美しさ”や“卑しさ”、世の無常と純粋な思いが持つ永遠性――この長編小説のラストに置かれた「刹那に生滅する」阿頼耶識が本多を無の世界へ突き落す結末、門跡が聡子として愛した対象と本多の執着の対象に何の重なりも見出されないラストが何を意味するのか、そこにはこの「天人五衰」最終稿を入稿したその日に自決事件を起こした三島自身の思いというものも深くかかわっている気がしてならない。
それにしても、全編に渡って美しい日本語が堪能できる作品であった。全四巻。

レビュー投稿日
2013年1月10日
読了日
2012年12月31日
本棚登録日
2013年1月10日
1
ツイートする
このエントリーをはてなブックマークに追加

『豊饒の海 第四巻 天人五衰 (てんにんご...』のレビューをもっとみる

『豊饒の海 第四巻 天人五衰 (てんにんごすい) (新潮文庫)』のレビューへのコメント

まだコメントはありません。

コメントをする場合は、ログインしてください。

いいね!してくれた人

ツイートする