オオカミ少女はいなかった 心理学の神話をめぐる冒険

著者 :
  • 新曜社 (2008年10月3日発売)
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感想 : 63
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心理学のうさんくさい印象をもたらしてしまう数々の神話を論じた本。
たとえばサブリミナル、たとえば動物との会話、たとえば赤ん坊への条件付け。
吊り橋の恋心を期待して手に取ったんだけどそれは入ってなかった。

派手な話は人口に膾炙しやすく、いったん広まった説は学術的に否定されようとも容易に消えてくれない。
しかもサブリミナル効果や赤ん坊を使った実験(心を操る・恐怖を植え付ける)は倫理コードにひっかるから今では行えない。
実験して効果を検証できないことが神話化に拍車をかけてしまう。
(なんか独裁者の死と神聖化みたいだ。触れないから幻滅もできない)

厄介なことに神話は完全な嘘ばかりではなく、多少の真実も含んでいるから否定が難しい。
否定したらしたで真実までもつぶしてしまいかねない。

最後のほうにちょこっと、ちなみにモーツァルトの効果やロールシャッハテストや文化的性差もこの手の神話です、とある。
それを見てようやく危うさを感覚的に理解できた。
「性差はすべて文化的に作られる」という極論を否定しようとすると「文化的性差は嘘だ」と短絡的に考える人がきっとでてくる。
「生まれつきの部分と社会的な部分があります」という言葉は当たり前すぎてドラマチックじゃない。
興味のない人や興味だけしかない人には、あいまいな正論よりもわかりやすい極論のほうが伝わりやすい。
(性差に触れられているのはここだけだから、どんな説を否定しているのか、「文化的性差」がなにを指すのか(社会的性差=ジェンダー?)よくわからない。文化vs生得の二項対立で考えてもしょうがないじゃんという同じ構造の問題を双子研究の部分で書いているにしてはゆるい書き方だ)

個別の事例への反論は「こういう見方もできる(なのに考慮されていない)」というにとどまる。
なぜなら、この本は個々の事例について「本当はこうなんだよ」と言おうとしているのではなく、論理的に考えさせるための本だから。

著者はたぶん、思い込みや虚栄心に引きずられる研究者や、原典にあたらずに教科書を書いてしまう教育者、正確さよりも「わかりやすい」話を無責任に広めるメディアなど、ちゃんと仕事をしない人たちに憤っている。
それにきっと(本のなかで書かれてはいないけれど)鵜呑みにする一般人にも腹を立てているのだと思う。

とはいえ説教くさくはない。文章は一般向けで読みやすい。
そうだったのか!とトリビア的に楽しんで、ああちゃんとしなきゃな騙されないように気をつけなきゃなと、ついでのように思う。
たとえ研究者や教育者やメディア関係者が全員正確な仕事をしても、見る自分が鵜呑みにするなら危うさは変わらない。
だから、この本だって正しい疑いをもつための足掛かりとして読まなきゃいけない。


しっかり検証しようとしている本
「社会運動の戸惑い」http://booklog.jp/users/melancholidea/archives/1/4326653779

しっかり検証しようとしない学術の世界を書いた本
「移行化石の発見」http://booklog.jp/users/melancholidea/archives/1/416373970X
「ヴィクトリア朝の昆虫学」http://booklog.jp/users/melancholidea/archives/1/4887217854

しっかり検証しない人たちを扱った本
「ネットと愛国」http://booklog.jp/users/melancholidea/archives/1/4062171120
「突然、僕は殺人犯にされた」http://booklog.jp/users/melancholidea/archives/1/4812445043

調査する側の態度が捏造に手を貸してしまうかもしれない
「調査されるという迷惑」http://booklog.jp/users/melancholidea/archives/1/4944173547

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 知識・教養
感想投稿日 : 2013年4月28日
読了日 : 2013年4月28日
本棚登録日 : 2013年4月28日

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