5編からなるミステリーの短編集。
ミステリーの短編って読んだことがあったかな、としばし考えた。思いつくものがなかったので初めてかもしれない。
そのため、こういう書き方がスタンダードなのか、斬新なものなのかが判断がつかないのだが、すべて一人称でその語り手が殺人の被害者もしくは加害者にならんとするところで物語が終わる、そのスタイルだけとっても新鮮な感じがした。
語り口は伊坂幸太郎氏のようで、軽くテンポがいい。
幾重にも重なったトリックの種明かしがすぐに訪れるのも短編ならではで、頭が疲れているときでも読みやすかった。

2025年2月2日

ネタバレ
読書状況 読み終わった [2025年2月2日]

作者の最後の単行本となった短編集。
読み終わって、彼女の小説に惹きつけられる自分を再認識した。
特に印象的だったのは、登場人物の関係性にあっと驚かされ、すぐに再読してしまった「わたしは大丈夫」と「菓子苑」。
どれも人生の痛々しさを突きつけられながら、それを肯定してもいいんだという気持ちになる。押し付けがましくないメッセージ、この加減がいい。

2025年1月26日

読書状況 読み終わった [2025年1月26日]
カテゴリ 山本文緒

明治半ば。
横濱で絹物輸出商として財を成した檜垣澤商店の創業者要吉の、いわゆる妾の子として生まれたかな子は、母の死後、檜垣澤家に引き取られた。
やがて要吉も亡くなり、本妻のスヱを筆頭に女ばかりとなった檜垣澤家は、しかしますます事業に成功し富を手に入れていく。
かな子は持ち前の利発さで、創業者の娘である自分にも相応の権利が与えられてしかるべきだと考え、幼い頃からスヱら檜垣澤家の女たちの攻略法を錬る。
かな子の原動力が、はっきりとした怨恨や嫉妬ではなく、純粋な富への執着や権力欲でもなく、それらが絡み合った複雑なものからきているところが面白い。
物語の中で殺人や放火といった物騒な事件はあるが、ミステリーとも言い切れないし、初めて読むタイプの話だった。
いよいよここからかな子の人生が始まる、というところで終わっているのに続編はないものか。

2025年1月16日

読書状況 読み終わった [2025年1月16日]

宮中、宮廷、皇族、皇室のキーワードが大好きなので迷わず購入。
肥前佐賀の大大名鍋島家から梨本宮に嫁いだ伊都子。実家の豊かな財力とその美貌が世間の羨望を集め皇室にも近い伊都子は誇り高く、長女の方子の結婚相手として朝鮮王朝の皇太子に白羽の矢を立てる。
伊都子の、高貴な女性特有の無知と傲岸さをユーモラスと捉えられる人なら楽しめるだろう。
この時代の上流の女性たちを主人公とした小説を読み漁っている身としては、彼女たちが脇役としてちらちら出演しているのがうれしい。
方子側の視点で語られたこの結婚も読んでみたい。

2024年12月29日

読書状況 読み終わった [2024年12月29日]
カテゴリ 林真理子

「やさしい猫」は、語り手のマヤに義父となるクマさんが話して聞かせてくれたスリランカの寓話だ。
のちにマヤの友達のナオキくんがそこに込められた意味を解いてみせる(ただしその真偽は明かされていない)。
最近、仕事の関係で、日本に住む外国人にはさまざまな在留資格があって、就ける仕事も細かく指定されていることを知ったのだが、本書はさらにそんな彼らを管理する入管の実態を教えてくれる。
もちろんこれはフィクションだが、たとえばノンフィクションを読むよりずっとリアリティを感じる。知らなかったことをまた一つ知れた。
重苦しくなりがちなところだが、思春期の女の子の視点で描かれていて、受入れやすい。

2024年12月22日

読書状況 読み終わった [2024年12月22日]

予備知識なく読み始めて、あ、これ連作短編集だ、と気づいたときのお得感。
1話目で祖父母に預けられたまま母親と離れて暮らす、中学生の千春が登場する。いつまで経っても恋を追い求める母親から放っておかれた娘は、どんな大人になるのか。
読み進めても一向に感情を見せない千春。ただ、千春にかかわった人々は静かながら自分の来し方行く末をしっかりと見定める。
最後のやや子の話がいい。昭彦の目に「ふるふると涙が溢れ」るシーンが印象的だ。

2024年12月8日

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読書状況 読み終わった [2024年12月8日]
カテゴリ 桜木紫乃

幕末の長崎にオランダ船に乗ってやってきたシーボルト。その名前と日本での活動については何となく知っていたが、日本人との間に娘をもうけ、その血が日本に受け継がれていたとは知らなかった。
異国に開かれた長崎でも人目を引く容姿のイネは、当時当たり前に考えられていた嫁して子を産み育てるという女の幸せを早々に捨て、勉学の道を志す。
タイトルからイネの一代記と思っていたら、それより圧倒的に幕末の騒乱を描いた部分の方がボリュームがあった。大小全ての事件、出来事を詰めんだような。
前半はシーボルトが主人公、後半は幕末事件簿。
それはそれで読み応えもあって、幕末が好きな人にはいいのかもしれないが、私はやはり女の一代記好きなので少し残念だった。

2024年11月29日

読書状況 読み終わった [2024年11月29日]

上巻に記載

2024年11月29日

読書状況 読み終わった [2024年11月29日]


小説を読んで吐き気を催したのは初めて。
表題作の「生命式」は、葬式の代わりにスタンダードとなった故人を送る儀式だ。
故人の肉を皆で食し故人を偲ぶと同時に、受精相手と出会う場として定着した。死から生をうむから、生命式。
主題と違うところでとにかく拒否反応が出てしまい(そういう意味では描写力が抜群ということか)、ずっとこの感じだったら読了できないのではないかと心配だったが、グロテスクさは後半の作品になるにつれ落ち着いてきて、代わりにしんとした狂気に満ちて、ゾクゾクする。

2024年10月20日

ネタバレ
読書状況 読み終わった [2024年10月20日]

読み進めるごとに、読み終わったら作者が死んでしまうという思いにとらわれる(本当はもうすでに亡くなっているのだが)。怖くて1ページ1ページかみしめるように読んだ。
初めて作者の訃報を新聞で知ったときの衝撃を思い出す。
うつ病を患っていたと知っていたのでもしやと思ったが、膵臓がんとは。
巻末の作品リストを見たら、コバルト文庫だけでしか読めない作品を除けば、すべて読んでいた。それだけ私にとっては特別な作家だった。
読者の目に触れることを念頭に書かれた日記なので、どこまで本音が語られているかは分からないが、最期のときまで湿っぽさを出さないように気遣いながら書いて生きたんだなぁとそう思う。
そこここに、「らしい」フレーズが出てきてうれしいが、最後の1日の日記が、とてもつらい。

2024年10月10日

読書状況 読み終わった [2024年10月10日]
カテゴリ 山本文緒

小児科病棟の一室で、入院患者である4人の子どもたちが一斉に急変した。
2人が亡くなり、2人は助かったが、疑いをかけられ逮捕されたのは助かった少女の母親野々花だった。
偶然の出会いにより弁護団に加わることになった伊豆原は、母親の突然の逮捕により人生を狂わされた由惟、紗奈の姉妹と次第に心を通わせながら、野々花の無罪を勝ち取るべく奮闘する。
伊豆原が本当に無罪を確信してからも事態は膠着し、真犯人と目星をつけた人物も空振りに終わる。
被告人が一度自白をしてしまった裁判の難しいさ、一般人である証言人の証言の不確かさ、社会派弁護士でも正義を曲げてしまう心の弱さ、法廷を舞台にしながら様々な人間模様に触れていて読みごたえがあった。

2024年10月6日

ネタバレ
読書状況 読み終わった [2024年10月6日]

上巻に記載

2024年10月6日

読書状況 読み終わった [2024年10月6日]

記録文学というジャンルに分類される作品を読んだのは初めてだったかもしれない。
淡々とした文章で出来事だけを客観的に綴っているのに、なぜかとても引き込まれた。
素材の切り取り方が秀逸だからか。
幕末の福井藩の町医、笠原良策は、当時の大多数の町医同様、漢方を何より信奉してきたが、偶然の出会いにより蘭方医を志す。
やがて天然痘を予防できるという種痘の接種普及に身を賭して取り組んでいくが、次から次へと困難が待ち受ける…。
感傷を一切排除したような語り口がその厳しい道のりをより際立たせる。

2024年9月26日

読書状況 読み終わった [2024年9月25日]

「ブルース」で影山博人が亡くなり、娘の莉菜は博人の後継者として釧路の街を裏側から操っていた。
博人の落とし胤である武博が成長するに従い、各々の思惑が絡み合い、次第に様相を変えていく街。莉菜は最期は一体どこに行き着くのか…。
女のワルにはできないことはない、とは博人のことば。そのことばが呪いのように莉菜を突き動かしているようで切なくなる。

2024年9月21日

読書状況 読み終わった [2024年9月21日]
カテゴリ 桜木紫乃

子どもは人工授精で授かるものとなり、夫婦間の性交は近親相姦としてタブー化された世界。
ヒト同士の恋愛をしたことがない人も珍しくなく(一般的にはキャラと呼ばれるいわゆる二次元の相手に恋をする)、結婚して家族を持つことにこだわる人も少ない。
しかし主人公の雨音は愛し合う父母の性交によって生まれた。幼少期から、母はそれが正しいことだと雨音に言い聞かせて育てたが、雨音は嫌悪感から常に自分が正常な感覚でいることを確かめずにいられない。
実験都市に移り住み、初めは異様な光景に拒否反応を示していた雨音が、その世界の正常にスイッチが切り替わる瞬間の怖さといったら。
どこかで母の呪いが勝って誰かと家族を作るのかと思っていたので、このラストは想定していなかった。

2024年9月7日

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読書状況 読み終わった [2024年9月7日]

作者が京都出身とは知らなかった。
京都といっても京都市内とその他の府下エリアではまったく文化が違うので、その他府下エリアに住む身としては京女三姉妹(と、両親である根っからの京都人の夫婦)の京都の自己分析を面白く読んだ。
京都を舞台に、京都人気質を常に醸し出しながら繰り広げられる三姉妹の日常は、ほんの少しの起伏があるだけで、大きな事件が起きるわけでもない。ただ、それがなぜか読み手の関心をひどく惹きつける。

2024年8月31日

読書状況 読み終わった [2024年8月31日]
カテゴリ 綿矢りさ

両親の都合で瀬戸内海の島に住む祖父母の元へ預けられた葉。東京の空気を身にまとった小6の女の子は閉鎖的な島では異質な存在で、祖父母にさえもうまく馴染めない。同じく島の人間が遠巻きにする同級生の真以に惹かれた葉は、自然と行動を共にするようになる。
島での少女期と、長い空白を経て大人になって東京で再会する2人を描く。
求めてやまない自分の片割れのような存在と、そこに寄り添うことで得られる静かな安堵。
読んでいて常に感じる痛々しさがラストに向けて優しく解れていく。

2024年8月31日

読書状況 読み終わった [2024年8月20日]
カテゴリ 千早茜

阪神淡路大震災を境に大きな喪失感を抱えながら生きる人々が、南国のトンガで生きる力を取り戻す、連作短編集。
南の島=癒し、再生という使い古されたようなテーマにやや辟易したが、それぞれのストーリーに嫌味がないのが救い。
特に冒頭の「楽園」はこれだけで一作品になってもいいのでは、と思った。もう少し母親との関係などの背景を掘り下げた長編があってもいい。

2024年8月5日

読書状況 読み終わった [2024年8月4日]

早熟な主人公、愛はクラスのイケてるグループに所属するような女子高生ながら、地味で目立たないクラスメイトのたとえを好きになる。
アプローチの方法に悩んでいたとき、彼が病を抱えた美少女美雪と付き合っていることを知り、美雪に接近していく‥。
恋ゆえに自分でも説明のできない行動に出てしまう、若さの狂気といったものが作品を貫いている。愛やたとえ、美雪それぞれの衝動、困惑、反発がうまく混ざり合っていて、若者が抱える矛盾した自己のようなものを嫌味や誇張なく描いた作品を久しぶりに読んだな、という気がした。
ただ、ラスト10ページくらいの愛の疾走には行き過ぎ感があり、残念。

2024年7月20日

ネタバレ
読書状況 読み終わった [2024年7月20日]
カテゴリ 綿矢りさ

解説で初めてイヤミスという言葉を知った。読んだ後に嫌な気持ちになるミステリーのことらしい。
寂れた港町を舞台に、生まれてからずっとそこに暮らす菜々子、夫が食品加工会社に務める転勤族の光稀、芸術家の集まる岬に移住した陶芸家のすみれの3人に生まれた連帯とその破綻を描く。
背後には何やら数年前の殺人事件が絡んでおり、彼女たちと事件の関わりも気になるが、それよりもそれぞれの抱えた鬱屈とそこからくる疑心暗鬼、自分たちが立ち上げた慈善活動に振り回される顛末に、いちいち気持ちがシンクロしたり反発したりで忙しい。
大人たちの拗れたプライドや軋轢が子どもの世界を巻き込んだように思わせて、こんなラストを用意しているあたりがイヤミスと呼ばれるゆえんか。

2024年7月13日

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読書状況 読み終わった [2024年7月13日]
カテゴリ 湊かなえ

80代の親が50代の子どもの生活を支えるという、8050問題。その主要因である子どもの引きこもりに直面した家庭を描く。
歯科医の父に専業主婦の母、優等生の姉、本人も中学受験で進学校に進み、側から見たら順風満帆の家庭が、いじめをきっかけに一変する。
子育てに正解はないという当たり前のことを改めて実感させられる。
社会問題を扱いながらもテンポよく小気味よく、というところが作者ならでは。特にラストの姉の衆議院議員立候補には笑った。問題を抱えた家庭へのエールのようだった。

2024年7月2日

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読書状況 読み終わった [2024年7月2日]
カテゴリ 林真理子

湿原で一人の青年の遺体が発見される。
一番の特徴である青い目が意味するものは何か。
事件を担当する刑事の比呂は、それを紐解く過程である女性の人生を辿ることになる。
事件の背景にあるものが、釧路独特の低く垂れ込めた空気感にこれ以上ないくらい相応しい。事件が解決してもなお納得できない動機に、本来ならモヤモヤが残るのだが、なぜか読後感はシンとしている。
すべてを語り終えたキクが、あなたは誰かと問われ「十河キク」だと答えたシーンが印象的だ。思わず初めから読み返してしまった。

2024年6月20日

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読書状況 読み終わった [2024年6月18日]
カテゴリ 桜木紫乃

皇族の方が書かれた本というところに興味を惹かれて手に取った一冊。
一般人には窺い知ることができない皇族の方の日常や家庭の話がいろいろ記されていたらいいな、という程度だったのだが、そんな当初の興味の範囲を飛び出して、研究者としての研さんの日々が真摯に綴られていて僭越ながら感服した。
解説に書かれているように、読み手の心の中にぐんぐんと入り込んでいく嫌味のない記述で、とても素敵なエッセイになっている。
留学を終えて宮邸に到着したときや学位授与式のシーンはうるっときてしまった。

2024年6月9日

読書状況 読み終わった [2024年6月8日]

序章を読んだときは、余命を宣告された孤独な日本画家が、残された歳月で自らが求める境地に辿り着けるのか‥そんな物語だと思った。
ところが本編が始まるとミステリーの展開になり、もっと読み進めるとまた芸術を追求したい欲求と良識の狭間で葛藤する芸術家の苦悩があり、血脈への複雑なトラウマが描かれ‥と、説明すると何だか陳腐になってしまうが、当初の予想をいい意味で裏切った作品だった。
様々な要素、登場人物たちの背景、感情が何層にも重なって、昏く重たい物語なのに読み手を惹きつける力が強い。

2024年5月31日

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読書状況 読み終わった [2024年5月31日]
カテゴリ 遠田潤子
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