彼女に関する十二章

著者 :
  • 中央公論新社 (2016年4月6日発売)
3.61
  • (23)
  • (106)
  • (78)
  • (13)
  • (2)
本棚登録 : 585
感想 : 98

彼女に関する十二章 中島京子著 日本の可能性と危うさ見える
2016/6/5付日本経済新聞 朝刊

 本書には通奏低音的に存在している本があり、それが伊藤整の『女性に関する十二章』。昭和28年(1953年)に「婦人公論」に連載されたこの女性論は、単行本化されるとベストセラーとなりました。







 伊藤整は、女性に対する揶揄(やゆ)と挑発混じりに、連載を始めています。夫の浮気への対処法、といった卑近かつ重大な問題へのアドバイスもしていますが、そのベースにあるのは、日本という国への危機感。敗戦直後、女性の立場が急上昇した時代に書かれた本が本当に訴えたかった事は何だったのか……?


 その問題を小説の形で引き受けたのが、本書の著者である中島京子さんです。主人公は、伊藤整の連載から六十余年後、『女性に関する十二章』をふとしたことから読むことになった、閉経間近の女性。夫と大学院生の子供が一人いて、税理士事務所でパートとして働く彼女は穏やかに暮らしているのですが、次第にちょっとした出来事の数々が、彼女の生活を刺激するようになるのでした。


 それは誰の生活にもあるような、暮らしの中のさざ波です。血湧き肉躍る物語ではありませんが、伊藤整をベースにして読んだ時に浮上するのは、「民主主義って?」という問題。


 妻は自分の着物を買わずに夫の酒を買い、娘は身売りをして親に楽をさせ、兵隊は爆弾と一緒に敵艦に突っ込む。……という自己犠牲の精神が、伊藤整の言う「日本的情緒」。互いのエゴを認め合うより、自分のエゴを殺すことに価値を見出(みいだ)す日本において、軍事化と日本的情緒がセットになった時の危険性を、本書は指摘します。ということで、伊藤整が抱いていた心配は、今も消えてはいないのです。


 お金を使わずに生きる、元ホームレス。無愛想でおたくっぽい女の子。同性愛者。気がつくと、普通の主婦である主人公の周囲には、ちょっとだけ“普通ではない”人達が登場しています。彼女はその人達に戸惑いつつも、排除せずに付き合う努力をするのです。


 おそらく最も身近な民主的な行動とは、彼女のように「世の中には色々な人がいる」と認める事なのでしょう。戦後70年、日本人は少しずつ「自分とは違う人」に心を開くようになったけれど、また正反対にふれる可能性も、おおいにある。一人の主婦の生活からは、日本の可能性と危うさの両方が見えてくるのであり、伊藤整が女性を描いたのも同じ理由からなのかも、と思ったことでした。




(中央公論新社・1500円)


 なかじま・きょうこ 64年東京生まれ。東京女子大卒。出版社勤務などを経て作家に。著書に『FUTON』『小さいおうち』(直木賞)など。




《評》エッセイスト


 酒井 順子

読書状況:読みたい 公開設定:公開
カテゴリ: Entertainment
感想投稿日 : 2016年6月5日
本棚登録日 : 2016年6月5日

みんなの感想をみる

ツイートする