スペイン無敵艦隊の悲劇: イングランド遠征の果てに

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  • 彩流社 (2015年3月16日発売)
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スペイン無敵艦隊の悲劇 岩根圀和著 敗者の資料精査し海戦を再構築
2015/5/3付日本経済新聞 朝刊

 世界史上の四大海戦の一つと言われる「ドーバーの海戦」。1588年にスペインとイギリスが国家の威信をかけて戦った海戦で、覇権交代のきっかけとして知られる。結末は約3万人の将兵を乗せた約130隻のスペイン艦隊がイギリス海峡でイギリス艦隊に撃破され、帰還したのは65隻、将兵1万3千人。スペインの惨憺(さんたん)たる敗北であったという。







 しかし、この戦史はイギリス側の資料に準拠したものである。ちなみに「無敵艦隊」という名称は、戦闘後にイギリス側が皮肉を込めて付けたのであり、スペイン側は「艦隊(アルマダ)」と呼んでいた。本書は、スペイン側の資料を精査。従来の資料を睨(にら)みつつ、この海戦を再構築し、新たな見方を示す意欲作だ。


 総司令官シドニア公の作戦はフランドルに駐屯中のパルマ公軍に6千人の補充兵を送り込み、同時にイギリスへ進攻するパルマ公軍の渡峡船団を警護することであった。イギリス側の作戦は、「艦隊」の上陸を阻止することであった。


 7月31日、イギリス海峡入口のプリマス沖、7キロに広がる防衛陣形をとって進む130隻の「艦隊」と80隻のイギリス軍が激突する。大型の花形戦艦2隻が衝突事故と火災事故で喪失。だが、「艦隊」は、イギリス艦隊に追尾されながらも、そのまま狭い海峡を航進し、目睫(もくしょう)の間のパルマ公軍との合流を図るが、何故か、パルマ公軍が出撃しなかった。虎口を脱出した「艦隊」は北海へ入り、スコットランド北端から西へ、アイルランド沖を南下し、スペインまで3600キロ航海することになる。結局、スペインが喪失した艦船は7隻であった。


 しかし、この「動く要塞」と怖(おそ)れられた「艦隊」は、8月13日から18日まで続いた途轍(とてつ)もなく激しい嵐に襲われ、難破、座礁などで、54隻を喪失する。乗員は溺死するか、漂着地で待っていたのは殺戮(さつりく)の地獄であった。こうして「艦隊」は、海の藻屑(もくず)と消えてしまった。


 この海戦の結果は、果たして敗北なのか、あるいは遠征の失敗だったのか。実は、この海戦後40年間もスペインの大西洋支配は不動であった。この敗北に致命的な瑕疵(かし)があるなら、それは1492年のグラナダ制圧以来、軍事行動は国民的「十字軍」であるという信念に深刻な動揺を与えた点である。この海戦史の例を出すまでもなく、現在まで幾多の大戦争の結末は戦勝側の戦史のみが歴史として刻印されている。それが敗者側の戦後処理に重大な影響を与えていることも忘れてはならない。




(彩流社・3500円)


 いわね・くにかず 45年兵庫県生まれ。神奈川大名誉教授。著書に『物語 スペインの歴史』など。
《評》法政大学名誉教授 川成 洋

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感想投稿日 : 2015年5月10日
本棚登録日 : 2015年5月10日

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