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1(ONE) (創元クライム・クラブ)
- 加納朋子
- 東京創元社 / 2024年1月11日発売
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冒頭、愛らしい小さな娘が起こしたささやかな事故から起きた悲劇から物語ははじまる。
それから15年の歳月が流れ、埼玉県で「一炊」という居酒屋を営む幸人は、姉と娘と共に、かつて大きな事件があって去った故郷へと立ち戻る。
錯綜する情報に、中盤、これはいったいどういう決着を見るのか、と、まったく想像もつかなくて、道尾ワールドの複雑さにくらくらするような気持ちになった。
何か光が、絶望ではなく光があってほしい、と願うような気持ちで読み進める。
後半、次から次へと伏せられていた札が明かされ、不鮮明だった像がひとつひとつくっきりと立ち上がり、もの悲しい真実を浮かび上がらせる。
ラストの数行が悲しい。この言葉で物語を閉じるのか、と思う。「因果」という言葉が頭の中を巡った。
2024年2月26日
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向う端にすわった男 (ハヤカワ文庫 JA ア 3-3)
- 東直己
- 早川書房 / 1996年9月1日発売
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スマートフォンどころか携帯電話すらなく、自動車電話が当たり前だった時代の札幌・ススキノを舞台にした物語だ。
職に就かずトランプ博打や探偵の真似事で日銭を稼ぐ「俺」が出会った悲喜こもごものエピソードを軽いタッチで描いた連作短編集になっている。
おかしみのある邪気のない一作から、詐欺や暴力や殺人といったきな臭い短編まで、軽妙で洒脱を気取った語りは読んでいて楽しい。
2024年2月25日
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儚い羊たちの祝宴 (新潮文庫)
- 米澤穂信
- 新潮社 / 2011年6月26日発売
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名家あるいは成金といった資産家の家を舞台にしたミステリー集だ。
語り手は、使用人であったり、あるいは資産家の娘であったり、後継ぎであったりする。
ちょっと古めかしく、妖しく、なんともぞっとする後味の短編ばかりが集められている。
富豪の娘たちが集う文学サークル「バベルの会」がすべての短編をつなぐキーワードとなり、最後の短編の薄気味悪さがすべてを包括してそっと幕を閉じる、そんな一冊だった。
2024年2月20日
実験的な作品を発表する道尾さんらしい一冊だな、と思った。
ちょっとしたミステリー要素のある短編が収められているのだけれど、その前後や中ほどにYoutubeに繋がるQRコードが挟み込まれていて、そこに収められた音声を聞くことで物語を補完したり楽しんだりする、という趣向になっている。
イヤホンやヘッドフォンで聴くことを推奨していて、実際、静かな部屋で耳を澄ませていたらけっこう怖い、臨場感のある音声が多い。
かなり想像や推理を働かせないと、音声の意味が理解できないものもあり、たとえば両親をなくした少年を描いた「セミ」や、不可解な自殺を遂げた夫婦の謎を刑事が追う「死者の耳」などは、自分は音声を聞いて(なんなら動画を見て)はじめて、「あー、そういうことか!」と話のオチが理解できた。
「にんげん玉」は音声の違和感はわかったけれど理解が繋がらず、「ハリガネムシ」と「聞こえる」については意味がよくわからずじまい。
安易に理解させないところも含めて面白い取り組みだな、と思いつつも、音声と作品があまりにもセットにして楽しむ形式になっているので、50年後にもこの動画って残されているんだろうか・・・ずっと後世にこの本を読む人は楽しめるだろうか・・・などと余計な心配をしてしまう。
2024年2月14日
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ホットプレートと震度四
- 井上荒野
- 淡交社 / 2024年1月19日発売
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夫の元カノが自分の夫を連れて、ホットプレートを譲りに自宅へやってくる、という表題作をはじめ、食卓をテーマにした日常を切り取った短編が集められている。
井上さんの作品はぞっとするくらい暗く乾いた印象を受けるときが多いのだけれど、本作はどちらかというとカラリと明るい青空のような話が多い。
なかでも、猿のピザカッターが登場する息子のクリスマスパーティを見守る洋食店店主の短編がなんとなく好きだった。
2024年2月13日
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永遠と横道世之介 下
- 吉田修一
- 毎日新聞出版 / 2023年5月26日発売
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上巻から引き続き、三十九歳の横道世之介の日々を描いている。
他人のために必死になれる人、一生懸命になれる人は強い、ということを、のんびりとした日々が淡々と伝えてくる。
ちびまる子ちゃんやサザエさんのような世間一般が思う家庭なんてそうはない、そこには病人がいない、という言葉が刺さる。
希少価値の高い幸福な家庭を私たちは世間一般のよくあるものだと信じて生きている。
なんていうことのない一日が幸せだったな、と思い起こされる、そんな四季の積み重ねが幸福な人生なんだろうな、としみじみわかる。
ラストは、知っていた話なのに切なく、じんわりとしみた。
2024年2月12日
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永遠と横道世之介 上
- 吉田修一
- 毎日新聞出版 / 2023年5月26日発売
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何とも言えず気の抜けた、人のいい青年「横道世之介」の人生を描いたシリーズ、三作目にあたる。
吉祥寺の南にある下宿屋に住まう世之介の人生は、相変わらずどこかとぼけていて、あたたかい。
この人、まったく頼りになりそうにないんだけど、友達になりたいなあ、と思わせる。
修学旅行の撮影にカメラマンとして参加し、なんとなく縁を持った中学教諭の「ムーさん」の引きこもりの一人息子を預かってみたり、モンスターのようになってしまった兄弟子カメラマンのアシスタントを務めたり。
いやいや貧乏くじでしょう、それ、というような事柄にも、気負わず、不貞腐れず、対応している。かといって聖人というわけでもない。
ブータンから来た「タシさん」とのやり取りが、なんか、良い。
生まれ変わった次の世で、現世で自分を愛し大切にしてくれた人たちがまた愛してくれる、という考えは、目新しいものではないかもしれないけれど、とてもあたたかい。
2024年2月12日
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Casa BRUTUS(カーサ ブルータス) 2023年 11月号[フランク・ロイド・ライトと日本]
- CasaBRUTUS編集部
- マガジンハウス / 2023年10月6日発売
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パナソニック汐留美術館で開催されているフランク・ロイド・ライト展を観に行き、改めて手に取った、まるごとライトの紹介をしている一冊だ。
グラビアが美しく、説明も専門的すぎず、わかりやすくて読みやすい。
2024年2月12日
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令和ブルガリアヨーグルト
- 宮木あや子
- KADOKAWA / 2023年11月29日発売
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株式会社明治を明らかに彷彿とさせる「明和」というメーカーに新卒採用された岩手生まれの由寿と、彼女が推すブルガリアの歴史を下地にしたマイナー極まりないインディーズ小説と、彼女の腹に棲む乳酸菌、という3つの視点で盛大にこんがらがりながら話が進むお仕事小説だ。
ブルガリアといえばまさにヨーグルトのイメージでしかなかったけれど、本作に描かれる歴史はまさに苦難に次ぐ苦難としか言いようがなく、こんな国なのと驚く。
悲壮に書こうと思えばいくらでも書けそうな史実を、推しと乳酸菌のモノローグというわけのわからなさで軽妙かつ豪快に押し切るように語られて、宮木さん、なんなんですか、と呆れながら読み切った。
またヨーグルトもスーパーで当たり前に売っている日配品という印象しかなかったけれど、商品化にこんな歴史があったのかと興味深い。
2024年2月11日
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この会社、後継者不在につき
- 桂望実
- KADOKAWA / 2023年11月30日発売
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元役者でちょっと胡散臭い中小企業診断士がかかわる、3つの企業のお話だ。
個性の異なる二人の息子のどちらに会社を譲るか悩んでいる洋菓子店舗経営の男、ひとりきりでバッグのブランドメーカーを切り盛りしてきた女社長、先代社長が急死して右往左往する刃物メーカーの平社員。
それぞれの考え、生活、働き方がコミカルにテンポよく描かれていて、読んでいて楽しいお仕事小説だった。
それにしても、中小企業の事業承継って大変なんだな。
2024年2月11日
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栄光のペルシア (MUSAEA JAPONICA 10)
- 平山郁夫シルクロード美術館
- 山川出版社 / 2010年9月1日発売
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平山郁夫シルクロード美術館に収蔵されている品々を中心に、ペルシアの古代文化を豊富な写真で紹介している一冊だ。
ちょうど最近このあたりの文化や歴史に興味をもっていくつかの本を読んだところだったので、書かれていることに肚落ちする部分も多く、楽しく読んだ。
平山郁夫シルクロード美術館は気軽に行くにはちょっと遠いのだけれど、幸いにして東京国立博物館の東洋館にも類似の品々が収蔵・公開されている。
本書を読んでから訪れると、「おお、これが」とより興味を持って鑑賞できるので楽しい。
2024年2月10日
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Think CIVILITY(シンク シビリティ) 「礼儀正しさ」こそ最強の生存戦略である
- クリスティーン・ポラス
- 東洋経済新報社 / 2019年6月28日発売
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礼節を持った人間が成功する、というテーマを、さまざまなアメリカ企業の取り組みや研究などから解説している一冊だ。
アメリカ社会をベースに展開されている話なので、日本社会とは若干違う点もある(比較的解雇が容易である雇用形態や、礼儀を重んじる日本社会とはやや異なる文化、人種の問題など)けれど、総じて、「まあそれはそうだよね」ということが書かれている。
礼節、というのは、単純に、声を荒げないとかハラスメントをしないとかという当然なことだけでなく、相手の話を遮らずに聞くとか自分のリソースを割いてあげる、偏見を持たずに相手に接する、ということも含まれる。
さすがに怒鳴ったり嫌味を言ったりはしないにしても、できてないかもな、という部分もあってやや耳が痛い。
自分が礼節ある態度をとれているかどうかを周囲にフィードバックしてもらうことを本書では進めているのだけれど、なかなかやれそうで難しいな、と思う。
2024年2月10日
ダークな印象を与える短編ばかりが収められている一冊だ。
実在の絵画や画家とフィクションを絡める原田さんの作風に期待して手に取った人は、拍子抜けするのではないかと思う。少なくとも自分は、少しがっかりした。
この本に収められている短編でも、主人公が美術の研究者であったり、随所にアートの片鱗は除くのだけれど、それはあくまでもただの装飾であって物語のテーマにはなっていない。
アッシジの聖堂修復をテーマにした作品やオフィーリアを語り手にした作品もあるのだけれど、なんだろう、無理やり暗い話・怖い話にして、性描写を入れているような強引さが否めなかった。
2024年2月3日
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播磨国妖綺譚 伊佐々王の記
- 上田早夕里
- 文藝春秋 / 2023年12月8日発売
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室町時代、播磨の国で、薬師と僧として日々を過ごす法師陰陽師の兄弟とその式神のあきつ鬼を描いた怪異譚だ。
自分たちの力を民衆のために使いたいと生きているふたりの前に、強力な妖力を持つ男・蒲生醍醐が現れる。蒲生はあきつ鬼に執着し、さまざまな呪を繰り出してくる。
彼の手にあきつ鬼が渡れば、大きな禍となることは間違いなく、自身とあきつ鬼を守るためにふたりは守り刀を手に入れる・・・という物語で、野や山と共存しながら徐々に技術や力を得始めている人間たちと、古くからある神霊との関りが魅力的に描かれている。
野や山や花はいずれすべて人間のためのものになってしまって、野生動物のためのものではなくなるのではないか、という危惧のくだりはまさにその通りで、現在自分が暮らす、むき出しの土がほとんど見えない街も室町時代の頃は野原や湿地だったんだろうなあ、としみじみ思った。
本作では蒲生醍醐との戦いは完結せず、次作へ持ち越し。都でも血腥い事件が起き、それらと相まって続編がどのように展開するのか、楽しみだ。
2024年1月29日
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嵯峨野明月記 (1971年)
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日本の近世、戦国から安土桃山時代を舞台にした物語だ。
一の声、二の声、三の声、という形で、三人の男たちが自分の生涯を振り返って順々に語り出す、という形式で物語が進む。
改行や空白行がなく、ただひたすらにモノローグがつらつらと綴られる形式が独特で、最初は読みづらいと思ったが、独り語りであればむしろこの形で記述するのが自然なんだな、と途中から面白く感じるようになった。
なんの予備知識もなく読み始めたために、最初は、それぞれの声が誰なのかもわからず、出てくるエピソードや家業から素性を推し量るのも面白かった。
一の声と三の声は比較的すぐに目星がついたけれど、二の声がなかなかわからずに、雰囲気や生い立ちが応挙じゃないよな、蕭白なわけもない、と推理するのが楽しかった。
この時代の茶の湯や日本美術、あるいは戦国史に興味がある人間ならば、出てくる人物名も興味深く、海北紹益ってあの友松のことだろうか、と考えてみたり、茶屋四郎次郎や今井宗久など堺の茶人の名前にわくわくしたり。
徐々に声の主の正体もわかってきて、本阿弥光悦、俵屋宗達、角倉素庵(与一)と判明し、まったく別々の生き方をしていた人生が少しずつ関係しあっていくのに、またわくわくする。
彼らの独白は、まるで本当に実際に生きていた彼らの言葉を読んでいるようで、凄味がある。
作者がまるで彼らの生きた時代を見てきたかのように、近世の京都の姿が、そこに生きた人たちの様が目に浮かぶ。
流転する時代を、三人の男の生涯を、濃厚に感じる物語だった。
2024年1月28日
デパートの和菓子店でアルバイトとして働く生真面目で優しい性格のちょっと太めな「あん」が、仕事を通じてちょっとした謎に触れる連作ミステリーだ。
新たにやってきた新店長が接客途中に割り込んでくる理由とは?朗らかで善良そうな部長職の男性が和菓子の包装を嫌う理由とは?俳句の「月と花」は何を表すのか・・・などなど、どれも他愛なく難しくない謎解きなのだけれど、和菓子の歴史や由来などと絡めた謎解きは「へえ」という驚きがあって面白い。
話の筋としてちょっと強引では・・・とか、会社勤めとしてありえないのでは・・・と、つい引っかかってしまうところもあるけれど、個性的なキャラクターと相まった独特の雰囲気があって楽しい。
2024年1月28日
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間の悪いスフレ (創元クライム・クラブ)
- 近藤史恵
- 東京創元社 / 2023年9月29日発売
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すてきなフレンチビストロ「パ・マル」を舞台にした、連作ミステリー短編集だ。
ミステリーといっても血腥いものではなく、日常のちょっとした謎や、登場人物の心の機微を、おいしそうなフランス料理に絡めて解き明かす、ライトな一冊になっている。
たとえば、安くはないテイクアウト料理を買いに来る中学生の謎、結婚相談所で知り合ったにもかかわらずプロポーズを保留にした女性の謎。
他愛ないと言えば他愛ないけれど、その裏側にはそれぞれの事情や思いがある。
近藤さんらしい軽やかな筆致で語られる物語ではあるけれど、コロナ禍により、営業自粛やテイクアウトといったイレギュラーな対応を迫られることになった飲食店の苦労や不安もしっかりと描かれていた。
それにしても本作に出てくる料理は本当にどれもこれもおいしそうで、食べたいなあ、という気持ちになる。
タジン料理、ホワイトアスパラガスとウニ、さくらんぼのスフレ。おいしそう。
2024年1月21日
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田紳有楽 (シリーズ 日本語の醍醐味 3)
- 藤枝静男
- 烏有書林 / 2012年6月12日発売
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川上弘美の『恋ははかない、あるいは、プールの底のステーキ』のなかに本作が出てきて、池の底に沈んだ志野のぐい飲みって・・・と興味が沸いて手に取ってみた。
予想以上に奇想天外で、無茶苦茶で、しかし面白かった。
「イカモノ」のぐい飲みや鉢や茶碗を、庭にある汚い小さな池に沈めて、古色を帯びさせよう、という姑息な手段をとる骨董商の男と、その池に沈められたぐい飲み(池に棲む金魚のC子と恋をする)、皿、鉢がそれぞれに自我を持って語り出す、というのも無茶苦茶だけれど、後半からさらに話はわけがわからなくなり、ネパールの鳥葬の話から、弥勒菩薩やら地蔵やらも登場し、シュールというのか、カオスというのか、とんでもない話の展開をする。
『田紳有楽』は1976年の刊行で、実にもう半世紀近い昔の作品となる。言葉は現代では使わない漢字なども出てくるけれど不思議と古びた印象がない。
普段、自分が好んで手に取る本とはまったく違う出会いがあって、面白かった。
2024年1月21日
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アジア・中東の装飾と文様
- 海野弘
- パイ インターナショナル / 2023年5月19日発売
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主にシルクロードをメインに据えて、タイトルの通り中東から中国、正倉院までの装飾と文様を、豊富な写真と共に紹介している一冊だ。
シルクロードの都市ごとの切り口、文化や時代ごとの切り口、モティーフごとの切り口、とさまざまな切り口があって、読みごたえがある。
文様や文化がどのように移動し、変遷してきたかがよくわかる。
イスラームの装飾はやっぱりとんでもなく美しいし、紺地的にはインドのムガル帝国のデザインに惹かれる。
通して読んでも、ぱらぱらとめくってみるだけでも楽しい。
2024年1月18日
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日本美術の核心 ――周辺文化が生んだオリジナリティ (ちくま新書)
- 矢島新
- 筑摩書房 / 2022年2月9日発売
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「西洋」と「中国」というファインアートを極めた土地の『周辺』にある国、日本のアートについて書かれた一冊だ。
よく日本は文化の終着点で、辺境であるがために源流では滅びた文化が残っている不思議な場所、みたいな話を聞くけれど、本作でもそういう「流れ込んだ文化の吹き溜まり」的な場所で、どう文化やアートが花開いたか、ということを論じている。
貴人がファインアートを楽しんだ西洋や中国と異なり、日本では庶民が楽しむ素朴なアート(浮世絵、判じ物、陸奥の仏像など)が独自に発展した、というのが著者の論だ。
本筋とは少し異なるけれど、面白い、と思ったのは、精緻な唐物ではなく侘びを見出した利休と、大量生産品ではなく手仕事の民藝を見出した柳宗悦が、それぞれ美しいと評価したのが高麗・朝鮮の品であった、という共通点に言及しているところ。確かにそうだ。
ふたりはそれぞれの視点で完全な美ではない美しさを見出したわけだけれど、見出された側の高麗・朝鮮は決して不完全な美を目指したわけではなく、むしろ中国の精緻で完全なファインアートを目指していたが技術的にかなわず、結果的に素朴さや歪さを残すことになってしまい、そこを逆に利休や柳は愛でた、というのが、なんとも面白い。美ってなんなんだろう。
全体通して、まったく新しい観点、新しい説、みたいなものは感じなかったのだけれど、だからだろうか、ところどころで自身の論を卑下したり「これについては専門家ではないから」的な予防線を張るようなところが何か所かあって、自信がないのかな、と思えてしまうのが残念だった。
2024年1月13日
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やっぱり、このゴミは収集できません ~ゴミ清掃員がやばい現場で考えたこと
- 滝沢秀一
- 白夜書房 / 2020年9月10日発売
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「ゴミ清掃芸人」として知られるお笑い芸人の滝沢秀一が、ゴミ収集車の清掃員として働く日々のエピソードや気づきを綴った一冊。
前作の第一弾を読まずに手に取ったけれど、特に違和感なく読むことができた。
富裕層が暮らす地区のほうがゴミが少なくゴミも綺麗であること、などは、しみじみわかるな、と思う。
わかりやすく、面白く伝えよう、という意図で軽く、笑いを交えた語り方をしているようなのだけど、書かれている内容はフードロスの話、日本のごみ処理能力が限界に来ていて残り数十年で捨てる場所がなくなる話、など、考えさせられることが多い。
あと、水気をしっかり切っていないゴミ袋がつぶれると「ゴミ汁」が飛び散るという話は、うわ、気を付けよう、と改めて気づかされた。なるほど、ゴミの水分って重要。
専門家が語ると敬遠されがちな話を、こういう風に伝える本があるっていうのは情報の受け手側もハードルが下がってありがたい。
決まった曜日に必ずゴミを収集してもらえる都市機能のありがたさを改めて感じた。
2024年1月3日
駒場の日本民藝館で学芸員を務めていた著者による、自身が愛用・愛蔵している民藝の品々を豊富な写真と軽妙な文章で紹介している一冊だ。
冒頭に、「骨董」というタイトルの本だと売れるけれど「民藝」だと売れないから駄目だと編集者に言われ続けてきた・・・というようなエピソードがあるのだけれど、今だったら逆じゃないかなあ、というくらい、「民藝」はブームになったし、認知度の高い言葉になったと思う。
尾久さんはテレビなどのメディアにもたまに出るし、なんとなく気のいい古民藝好きのおじさん、というイメージしかなかったのだけれど、もともと叔父さんが民藝運動に傾倒していて若い頃から民藝に接していた、というエピソードや、柳宗悦に心酔していることなど(民藝館に勤めていたのだから当たり前か)初めて知ることも多く、興味深い内容だった。
紹介されている品の中で、ぜんぜん別のところで手に入れたものを一緒に組み合わせたり、つないで額装したりしているものがあって、こういう風に自分で自由に仕立てて楽しんでいいんだな、とはっとする。
2024年1月3日