三崎亜記ワールド前回の不思議な世界がしょっぱなから展開する。

ひとびとから余剰思念を吸い上げ、拡販して均一化して再供給することで精神の安定を図るというインフラが整った世界で、思念を謀略のために集めたために暴走させてしまった組織と、その組織に抵抗しようとする人々、あるいは何も知らないままに歯車として巻き込まれてしまった無辜の人々の姿を描いている。
なんか、この設定、他の作品でも読んだな、と思っていたら『刻まれない明日』の10年前の話、ということだったらしい。
その他、「掃除部」が登場したり、「居留地」が重要な役割を果たしたりと、三崎作品のエッセンスが詰まっている。

ただ、そのエッセンスが濃厚過ぎて、久しぶりに三崎ワールドに踏み入れた自分にはなかなか世界に馴染めず、物語に置き去りにされたまま話が進行しているような気持ちになってしまった。
登場人物が多く、視点がどんどん入れ替わり、かつ、それぞれの抱えている物語が感傷的、抽象的だったりするために、なんかうまく掴めない、と思っているうちに読了してしまった。

2019年5月21日

読書状況 読み終わった [2019年5月21日]

作家の角田光代が、雑誌に連載していた旅にまつわるエッセイ集だ。
自分は本当にこの人のエッセイが好きだなあ、と思う。てらいがなく、読んでいて、ああわかるわかる、と共感し、そして時折はっとさせられる。

もちろん、どうしようもなく辛いことがあったから香港の高級ホテルに一年間滞在して逃避することを本気で検討するような経済力は自分にはないし、仕事で旅に出たりもしない。

でも、すごく大切な思い出の場所があって、そこが変わってしまったのを確認したくなくて再訪できない気持ち、変わって欲しくはないけど、その願いは旅行者の傲慢だと戒める気持ち、とてもよくわかる。

旅先で盗難など嫌な目に遭うと、その事実が辛いだけでなく、その訪れた土地を嫌いになってしまうことが辛い、というのも、よくわかる。

旅がしたくなる。

今回はっとしたのは、日本人の自己責任という言葉は自業自得に近い、というくだり。思わず手を打ちたくなる。軽装で山に入って遭難しかける。治安の悪い危険な地域に行って大変な目に遭う。そういう人たち、そういう報道に向かって多くの日本人が口にする自己責任という言葉は、そのまま自業自得と置き換えられる。
私自身も持っている、この忌々しい狭量さ。
こういう何気ない気づきがさらりと書かれているのが凄い。

2019年5月20日

読書状況 読み終わった [2019年5月20日]
カテゴリ 旅に出たい

人間の本質を描く、として、暗い小説ばかり書き続けている小説家の加賀野のもとに、生まれてから25年間会ったこともなかった息子がやってくる。

マイペースな息子に押し切られるようにして期間限定の同居生活をはじめることになった加賀野は、今まで自分が触れようとしてこなかった人との交流によって、新しい世界を知る。

瀬尾まいこらしい、あたたかくて、善意に満ちていて、くすりと笑いたくなる、やわらかな陽だまりのような物語だ。

加賀野と智の関係は、おとぎ話であって、現実はこんなものじゃない、と思う。
でも、物語なんだから、それでいいのだ、という声が行間から聞こえる。

2019年5月18日

読書状況 読み終わった [2019年5月18日]

スタイリストの伊藤まさこが、軽井沢を訪れて触れた四季折々の「良いもの」を紹介してるエッセイ集だ。

朝ごはんのおいしいカフェから、中村好文の別荘、無農薬でつくられた野菜、クラシックホテルに北欧家具の店まで、扱われる題材はさまざまだけど、共通して「自然で、おしゃれ」なものばかり。

軽井沢のもつ俗っぽい観光地感はなく、とてもすてきな別荘地として描かれている。

だいぶ前に刊行された本だけど、今はどうなんだろうか。
ちょっと行ってみたい。

2019年5月18日

読書状況 読み終わった [2019年5月18日]
カテゴリ 旅に出たい

写真家を招き、写真について語ってもらう、『写真を読む夜』というイベントで語られた内容を改めて収録した一冊だ。
登場する写真家は13人。

写真を学んでいるわけでもない自分でも名前を知っている有名な写真家がちらほらいて、きっとみんなすごい写真家なんだろうなあ、と好奇心から手に取った。

経歴も、写真のスタイルも全く異なる人たちで、語ることも全然違う。ただ、多くの写真家が、言葉は後付けだ、と言うのが共通していて興味深かった。

直感で撮ったものに、あとから言葉がついてくる。あるいは言葉をつけて、言語化する。

写真、という芸術特有のものなんだろうな。

2019年5月18日

読書状況 読み終わった [2019年5月18日]

辻村深月が描くドラえもんワールド。
のび太の学校にある日転校生がやってきて・・・というストーリーで、「月には兎がいる」という異説から発生しためくるめく冒険譚だ。

読んでいて、ドラえもんやのび太、ジャイアン、スネ夫、しずかちゃんといった面々の姿が、本当に漫画のコマ割りで思い浮かんだ。不思議に、思い浮かぶのは映画化もされて実際に作り出されているはずのアニメーションではなく、紙に印刷された漫画の方の絵面だった。笑い、泣き、怒り、小さな紙面を縦横無尽に走り回る愛すべきキャラクターたち。

辻村深月がドラえもんが大好きなのは有名な話だけれど、読んでいると、ドラえもんワールドに対する強い強い愛情を感じる。
描かれているのはドラえもんの世界観で、価値観で、違和感がまるでない。

だけど、最後の最後、ルカたちが選択するある決意については、ああ、辻村さんらしい、と思った。ここでこの道具をこう使うのか、という驚きと、わずかな切なさと、清々しさが物語をしめくくる。

子どもの頃、大好きだったドラえもんに、大人になって改めて再会できた。楽しい一冊だった。

2019年5月18日

読書状況 読み終わった [2019年5月18日]

政治学者の原武史と作家の三浦しをんが複数回にわたって対談した内容を収録した一冊だ。
タイトルの通り、話の内容は皇室にまつわる話が多く、そこに鉄道の話が混じり、あとはその周辺、ということで、テーマに馴染みがない項目が多く、なんとも驚くことばかり。

そもそも皇室にあまり興味がなかったため、昭和天皇が母親である貞明皇后に頭が上がらなかった、とか、大正天皇は没する前の五年間は摂政制がとられていて実権がなかった、とか、はーそうなの、と初めて知ることばかりだった。

平成天皇の生前退位がちょうど対談時に発表になったこともあり、NHKだけが独占で発表したのはなぜか、とか、陛下のおことばの裏にはこんな意味があるはずだ、とか、ものすごいテンションで語られていて、天皇の周りに陰謀渦巻くような話が頻出して圧倒されるというか、呆気にとられるというか。

そういったゴシップと紙一重みたいな部分はいまいち馴染めなかったのだけれど、天皇制ってなんなんだろう、と、考えたことのなかった部分に自分の意識がフォーカスされたのは面白かった。

三浦しをんが指摘しているけれども、自分もいっそ無邪気と言うほど当たり前のように、天皇は認知症になることもなく、天皇になる人がLGBTであることもないだろうと思っている。

年頃になれば適切な異性と婚姻をし、子どもを設けられるものだという「イメージ」を抱いている。これだけ独身率が高まり、また性的マイノリティの人たちの存在が世間一般に認知されていても。

天皇家に生まれたからには、健やかで、人格者で、頭もいい、そういうものだと思い込んでいる。

残虐な嗜好を持つ人や、暴力衝動の強い人はいないと端から考えている。鬱になったり、何かに中毒になったり、異様な女好き、男好きであったりすることはないと思っている。

それは、そういう「血筋」だからだ、と、言葉で突き詰めればそんな風に自分は思っているのではないか。

これってすごく暴力的な妄信で、怖くないか。

まるで天皇を生身の人ではないと思っているみたいだ。神格化されて、瑕疵がひとつでもあることを認めない、許さないような暴力的なまでの信仰。
そういうものが、いつの間にか、自分の中にある。
そのことに気づいて、驚いた。

2019年5月16日

読書状況 読み終わった [2019年5月16日]

日本全国の個性的な書店を紹介した一冊だ。
古書店に限っているわけではないのだけれど、個性的な個人書店、となるとどうしても古書店が多くなる。
大型チェーン店にはない品ぞろえということで、リトルプレスやZINEを扱っていることがポイントになっている店も多い。
写真が素敵で、魅力的。旅の途中に訪れてみたい、と思う場所が増えた。

2019年5月15日

読書状況 読み終わった [2019年5月15日]
カテゴリ 旅に出たい

物語は、フランク・ロイド・ライトが設計した帝国ホテルが取り壊されることになり、明治村に移築する、という話が浮上した1967年からはじまる。

そこから一気に時代は巻き戻り、日本の良いものを外国に伝えたい、という思いから、フランク・ロイド・ライトに新たに帝国ホテルを設計してもらおう、という動きがはじまる大正まで遡る。

遠藤新、林愛作、というふたりの情熱を持った男が主人公となり、いかにして帝国ホテルが作り出されたかが語られる。

建築が好きで、ライトはもちろん遠藤新のことも、帝国ホテルが紆余曲折ありながら建てられたこともなんとなく知ってはいたけれど、それにしても改めてその建築の道程を知ると、艱難辛苦とはこのことか、と思う。
事実は小説より奇なり、とはよく言ったもので、これが完全なるフィクションだったら「話ちょっと盛り過ぎでは」という山谷があるのだけれど、それが史実に基づいているというのだからすごい。もうなんか、よく建ったな、という気持ちになる。この時代の日本人の意地のようなものを感じた。

建物好きには面白い一冊だった。

2019年5月13日

読書状況 読み終わった [2019年5月13日]

高校生の頃の出来事がきっかけで、12月のある時期になると声が全く出せなくなる、という問題を抱えている家具職人の壱晴。
家族の経済を支え続け、男性とまともにつきあう経験もないまま生きてきて結婚したいと考えている制作会社営業の桜子。

まったく異なるものを背負って生きてきた32歳の二人が、交互に語り手となり、物語は進む。

人を想うことのもどかしさや、痛みに触れ、切ない気持ちになる。

2019年5月12日

読書状況 読み終わった [2019年5月12日]
カテゴリ せつなくなる

エンジニアとしてろくに休みのない激務をこなしていた梶はふと転職を思い立ち、離職してから次の職場に就くまでの間に、5か月間の時間を得る。

サバイバル、に音感が似ているのでそんな意味かと思ったら、タイトルのサバティカル、というのは長期休養のことを指すらしい。

おそらく一生に一度の「サバティカル」をどのように過ごすのか・・・梶は、今までできなかったこと、やろうとしなかったことをタスクにして少しずつこなしていくうちに、新たな出会いを得て、自分が抱え、忙しさに没頭して目をそらしてきた問題と向き合う力を得る。

扱われているテーマは決して軽くはないのに、中村航らしいやわらかくて軽やかな物語だった。

2019年5月11日

読書状況 読み終わった [2019年5月11日]

夫と離婚し、炊飯器すらない切り詰めた生活を続けている藍のもとに、母親が祖母を刺したという連絡が入る。
捨ててきたはずの実家に戻ると、そこにいたのは荒れ果てた汚部屋で平然と暮らすまともに働かない母親と、乏しい年金で暮らす祖母、わずか数百円、数千円の金の話で大声で罵り合う女たちの姿だった。

貧しく、浅ましく、読んでいるうちに気持ちがざらざらしてくる。金がない、ということがどれだけ生活や気持ちを損なっていくものなのか、じわじわと足元が濡れていくような気持ちで読んだ。

彼女たちの生活は彼女たち自身が招いたものではあるけれど、決してそれだけが理由ではなく、日本の社会構造の穴のようなものを感じる。女である、というだけで、機会を逸し、自然と社会からこぼれ落ちていく女性たち。

物語の中盤を過ぎてからようやくタイトルの意味がわかる。
ざらざらした物語の手ざわりが、一層不快に際立ち、しかし不快さや薄気味悪さだけではない、物悲しさのようなものも感じた。

2019年5月11日

読書状況 読み終わった [2019年5月11日]

物語は、作者の森見登美彦がスランプを抱えて『千夜一夜物語』を読む日々からはじまる。
物語の謎を語る、という不思議な読書会から、『熱帯』という結末のわからない不思議な小説の話へとつながり、いつの間にか読者は『熱帯』の物語の中へ入りこんでいることに気づく。

作中で、『千夜一夜物語』は、シャハラザードが語る物語の中でさらに誰かが物語を語る、という物語の入れ子構造、マトリョーシカ構造になっている、というくだりがあるのだけれど、本作もまったく同じで、物語の中にまた物語、さらにまた物語、と延々と入れ子が続き、実際に今自分が読んでいる部分はいったい誰が語っている話なのかわからなくなる。

この、わけのわからない入れ子構造、森見さんの話の特徴だよな、とも思う。
ちょっと胡散臭くて、酒を飲んでもいないのに酩酊しているような、不可思議さ。
「魔王」という存在が真顔で語られ、島が消えたり生まれたりし、登場人物が自在に変化し現れる。

そんな森見ワールドに迷い込み、煙に巻かれに巻かれているうちに空間がよじれ、いつの間にか目指していたのとは違う出口にたどり着く。
そんな狐につままれたような気分になる一冊だった。

2019年5月7日

読書状況 読み終わった [2019年5月7日]

祝言当日に花嫁を他の男に連れて行かれ、思わず間男を斬り捨てたために命を狙われる羽目になり、あやめ横丁で町人暮らしをすることになった慎之介。
袋小路の横丁に暮らす人々はどうもみんな訳ありのようで、胡散くさい。
日々を過ごしていくうちにそれぞれの事情を知り、短慮だった慎之介も少しずつ大人になる。
普段手に取らない作家の時代小説だったので、なんだか新鮮だった。

2019年5月6日

読書状況 読み終わった [2019年5月6日]
カテゴリ 平板なかんじ

フィレンツェにあるボッティチェリのヴィーナスをモデルにした解剖蝋人形をテーマにした短編が最初と最後をつなぎ、他、九州の山間の土地を舞台にした女たちの物語が収められている。

どこかざらざらした質感の短編が多く感じる。

2000年の刊行。女たちの考えは古くて息苦しい。20年近く前はまだこんな世相だったのかと隔世の感がある。

2019年4月30日

読書状況 読み終わった [2019年4月30日]
カテゴリ 平板なかんじ

まさかの『横道世之介』の続編だ。

あまり深くものを考えず、欲も野望も無く、かといって100%誠実というわけでもなく、善良である青年、横道世之介が大学を卒業するもバブルがはじけた後でフリーターになるしかなくフラフラとした生活を送る一年間を描いている。

途中、時代を飛び越えて2020年の東京オリンピック・パラリンピックのエピソードが挟み込まれ、大きく移り変わっていった「東京」が物語のもうひとつの主人公として描かれる。

友人や恋人、その家族たちとの他愛のない会話や日常が続いているだけなのに、なぜだか飽きず、楽しく読んでしまうのは世之介の人徳というか人柄の魅力だろうか。

24歳から25歳という、歳を取ってから振り返ってみれば十分に若い年齢、でもその年齢のただなかにいる時には「もう若くない」と感じてしまう微妙な年齢を、迷い、惑い、挑みながら生きる登場人物たちの姿はささやかでも力に満ちていて、ちょうど令和を迎える今、過ぎ行こうとする「平成」という時代の風を感じる。

2019年4月27日

読書状況 読み終わった [2019年4月27日]

『嗤う淑女』の続編にあたる。

女性の活躍を推進するNPOの事務局長、新興宗教法人の幹部、政治家の後援会長、美貌の公設秘書、それぞれの思惑や欲望を抱えた人々たちを、『淑女』が翻弄する。

いわゆるクライムノベルになると思うのだけれど、作品の裏側でずっと嘲笑や哄笑が鳴り響いているようで、物語の進行が単調なこともあり、読んでいて途中で嫌気がさしてくる。

最近の中山七里作品はどうも肌にあわないことが多くて、人を嘲り馬鹿にするような視線が痛いのかな、と思う。

2019年4月27日

読書状況 読み終わった [2019年4月27日]

江戸は巣鴨で糸問屋の六代目を勤め上げ、隠居することにして田舎家に引っ越した徳兵衛。しかし、商売一筋で生きてきて、風流な趣味は無駄と切り捨ててきただけに、釣りやら俳画やらを嗜もうにも素養もなければ面白さも感じない。

早々に隠居暮らしに飽きて困り果てていたところに、世話好きで泣き虫の孫、千代太がやってくる。
意固地なおせっかい焼の孫に巻き込まれ、のんびり暮らすはずの徳兵衛の隠居暮らしがしっちゃかめっちゃかになっていく様をコミカルに情豊かに描いた物語だ。

これ、前時代のモーレツサラリーマンが定年後に趣味も生きがいもなくなってぽつねんとしてしまうネタの江戸時代版か・・・とちょっと思ったけれど、時代小説ならではの顛末や面白みがあり、千代太をはじめとする子供たちの姿もほほえましく、読んでいてほっとする。

2019年4月25日

読書状況 読み終わった [2019年4月25日]

バツイチでシングルマザーとして小学生の子供を持ち、現役キャバ嬢として銀座で働く芹沢小町が、国会議員になった。
いわゆるイロモノ当選であるけれど、貧困にあえぐ子供たちを救いたいと、小町は奮闘する。

共働き率の割合が一番低いのは東京、という数字や(ただ東京は「独身で働いている女性」の率が高いのではないかという推測もある)議員法案を通すことがいかに難しいか、ましてや野党は法案を作ることがほとんどできないという現実(だから野次や批判や反対ばかりしていたのか!)、無知で申し訳ないけれどもまったく知らなかったことばかりで、そうなのか、と本当に驚いた。

こういうことを知らなかったのは自分だけではないと思いたい。
日本人は政治音痴に育てられる、というくだりが本作でも出てくるけれど、野党の議員法案がほとんど成り立たない実情とか、そもそも政務調査会と委員会の違いだとか、無所属だと質問時間が非常に限られることだとか、そんなこと、学校で習ったのだっけか?
こういう説明に紙幅を割かれるためにどうしてもテンポが淀むところがあるのだけれど、何しろ読者(自分)が無知なのだから仕方がない。
ははあ、なるほど、と小町の勢いに引きずられているうちに、日本の政治や社会について考えさせられている。

読み終えて、西條さんはどうしてもこの話が、この問題が書きたかったのだろうな、と思う。
いま、声をあげなければいけない。
コミカルな話であるのに、そんな切実さが伝わってくる一冊だった。

2019年4月24日

読書状況 読み終わった [2019年4月24日]

終戦後のドイツ、ベルリン。ソ連、アメリカ、イギリス、フランスの4か国に統治され、国民は自信を失い、うなだれて生きている。
わずかに英語ができるためにアメリカ兵向けの食堂でウエイトレスをしているアウグステは、過去に世話になった裕福な夫妻の夫が突然死し、その死には殺人の疑いがあることを知る。

元俳優という奇妙な男を旅の道連れに、なし崩し的に人探しをする羽目になったアウグステの道行きが、幕間として折挟まれるナチに傾倒していく戦中のドイツの姿とともに語られる。

誰が、なぜ、夫妻の夫を殺したのか?というミステリーの形を取っているのだけれども、それよりも、描かれる世界が圧倒的だった。

第二次世界大戦はたくさんの小説で舞台やテーマになっているけれど、ユダヤ人ではなくアーリア人を主人公に据えて戦後まもないドイツを描いた日本語の小説、というのは初めて読んだ。

同じように自国の力を誇大妄想して破滅を突き進み大敗した敗戦国であっても、島国であり『天皇』がいた日本と、ドイツの人民のメンタリティや敗戦後のありさまは相当違ったのだろうな、と読んでいて思う。

なにより、戦中は隣人だったユダヤ人を蔑み迫害し見殺しにし、戦後に今度は自分たちが肩身の狭い立場に追いやられる逆転が起きた、という歴史は、ナチス、ドイツに特に顕著な特徴で、その歪さを改めて思う。
日本にも特高をはじめとする理不尽な締め付けは多数あったと思うけれど、思想でも行動でもなくただ人種だけで人を選別し駆逐する、それが当たり前にまかり通った、ということの恐ろしさと途方もなさが、アウグステの目を通じて伝わってくる。
改めて、なんという時代、歴史、戦争だったのかと思う。

地下に潜る子供たちの犯罪の巣窟、ドイツをケーキのように切り分けようとする戦勝国たち、ソ連とアメリカの綱引き、戦後もベルリンの空に暗雲はたれこめ、それでも絶望以外の選択肢が残されている。
長い映画を観たような気持ちになる一冊だった。

2019年4月23日

読書状況 読み終わった [2019年4月23日]

長崎を中心に優れた教会建築を多数遺した大工棟梁・鉄川与助について、彼の大工道具を復元する、というアプローチで研究した成果をまとめた一冊だ。

とある縁からミュージアムに眠っていた鉄川与助の大工道具を調査することになった著者の紆余曲折の足取りがそのままに記されていて面白い。

道具のひとつに残っていた刻印からフランスの製造会社をつき止め、その会社があった土地を旅したり、近隣にあったコルビュジェの建築を訪ねたりと寄り道があったり、周囲からのアドバイスを受けて失われていた刃を復元するために三木の工場を訪ねたりする。

苦労して復元した鉋の削り形状を実際の鉄川与助の建築のどこに使われているのかを比較し探すところが特に興味深かった。
比較写真が載っているのだけれど、ああ、確かに、この鉋でここの手すりや柱を仕上げたのだな、ということが素人目にもわかる。
建築の一部が確かにひとりの大工の手によって生み出されたことがわかるのだ。

後半には鉄川与助が関わった建物の総覧があり、圧巻。
教会建築の人というイメージがあったけれど多くの教会以外の建物も建てていることを知った。

ものすごい才能と、努力と、工夫を持ち得た人だったのだなと思う。

2019年4月21日

読書状況 読み終わった [2019年4月21日]

作家の千早茜とイラストレーターの宇野亜喜良のコラボレーションによる、大人のための絵本だ。

どことなく不穏な雰囲気のふたりの作風が重なり合い、独特の世界を作り出している。

舞台は遠い異国の山村。老婆に連れられてやってきた、真っ白な髪の小娘が、日々、誰にも贖われない鳥籠を作り続ける物語だ。

最初は西洋のおとぎ話をイメージしていたけれど、竹林という言葉が出てきたり、イラストの少女がエキゾチックな衣装を身にまとっていたりするのを目にして、中国かあるいは東南アジアのような場所がモデルなのかなと想像する。

物語自体は、遠い異国の寓話のような趣で幕を閉じるのだけれど、その最後に挿入された画の内容が不可解で、なんとも不思議な印象が残った。

2019年4月21日

読書状況 読み終わった [2019年4月21日]

自宅にろくに帰れず日々罵倒されながら奴隷のように働かされるブラック企業に同期入社した三人の男たちの、読んでいるこちらの心が擦り減るような日々を描いた短編から、物語ははじまる。

短編ごとに主人公を変えながら、それぞれの人間の「働くこと、生きること」を描き、ゆるくつながっていた登場人物たちの円環が閉じていく、そんな一冊だった。

読んでいて、働くっていうのはなんなんだろうな、と思う。
生活するための賃金を得ること、それは間違いないのに、それだけでは割り切れない。
生きていると理不尽なことはたくさんあるけれど、働くことは理不尽さを感じることの最たるものじゃないだろうか。

ブラック企業に入社した人間と、ホワイト企業に入社した人間の能力差はどれくらいあるのか。
同じ仕事をしていても正社員と派遣社員の賃金が異なるのは何が違うためなのか。
ろくに仕事もしていないのに高い給料をもらって威張っている人間がいるのはなぜか。
理不尽じゃないのか。みんな、ほとんど運じゃないのか。

運が良ければ、それで勝ち逃げか。
運が悪ければ、一生勝てないままか。
そもそも勝つって、何をもって勝利とするのか。給料か。待遇か。やりがいか。

居酒屋で盛大に愚痴を言っている大人たちの多くがそんなことを思い、口に出し、日々働いているんだろう。
毎日理不尽で、時に理不尽さにやり切れなくなり、逃げ出すこともある。それでも小さな幸福や達成感があったりして、生きている。

そうやって働くすべての人たちに向けた応援歌のような物語だ。そんな風に思った。

2019年4月20日

読書状況 読み終わった [2019年4月20日]

中高一貫校の中学校を舞台に、各部活の部長が集まって会議をする「部長会議」を主軸に描いたヤングアダルト小説だ。
前半は文学部の部長会議、後半は運動部の部長会議と二本立てになっていて、どちらも、短い章立てで各部の部長がそれぞれ語り手となる趣向をとっている。

文学部の部長会議のメイン議題は、美術部が作成した文化祭全体の展示イメージを俯瞰できるジオラマ作品が何者かにいたずらされたこと。
運動部の部長会議のメイン議題は、老朽化した第二体育室が取り壊されることにより、練習場所を各部でどう融通し合うかということ。

他愛のない話ではあるのだけれど、いまの中学生にとってはリアルなのかな、と思いながら読んだ。

2019年4月20日

読書状況 読み終わった [2019年4月20日]
カテゴリ 平板なかんじ
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