離婚してから、まったく関わりのなかった父が亡くなった。
父の遺言書に書かれた、かつて住んでいた洋館を遺産として引き受け、お金になる調度品を探しながら片付けを始めた明日香。
彼女は、自身の体験をモチーフにした漫画が売れ、そのお金で自分よりも若い俳優、冬馬を養うことに安らぎを感じている。
幸せを描くことで、幸せを叶えたい思い。
洋館を片付けていく中で明日香が保っていたバランスは、過去と理想を行き来しながら、徐々に崩れていく。
「あなたの漫画にはこんがらがったものを根気よくほぐして、別のものに変えようとする力が働いているね」
「たまに、思うんだ。私がおじいちゃんおばあちゃんが望むくらい、立派になれたらよかったのに。勉強ができて、ピアノも弾けて、病院も継いで、あの人たちの自慢の孫になりたかった。そうしたら今でもあの屋敷で、家族みんなで暮らしてたんじゃないかって思うの」
「自分を信じ、ただ愚直に、ぎりぎりまで思想を研ぎ続ける奴だけが生き残る。なんの責任もない他人の声にいちいち心を揺らすのは、その孤独を引き受ける覚悟が足りないってことだよ。そんなつまらない言葉に惑わず、自分の作品を追求しなさい」
明日香の、愛してくれという怒りは切実で。
これだけ尽くしているのだから、地位も名誉も手に入れたのだから、自分はそれを受け取るのに相応しい筈だと、自分では出来ない答え合わせに走ってしまう。
小さな頃に得られなかった、選ばれなかった愛情を、大人になってもズルズルと求めるのは、醜いことだろうか。
もういい大人なんだから、そんなの自分で処理しなさいよ、と言われても、そこで取れる選択肢は自分への諦めであって、完結することとは違う。
人の分まで背負ってきた足りなさを、自分一人で埋めるには、きっと膨大なエネルギーが必要なのだと思う。
- 感想投稿日 : 2021年4月30日
- 読了日 : 2021年4月30日
- 本棚登録日 : 2021年4月30日
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