科学歳時記 (角川ソフィア文庫)

著者 :
  • KADOKAWA (2020年5月22日発売)
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感想 : 6
3

久々に寺田寅彦に触れた気がする。
読んでいると、小学生の頃に感じていたような、季節の匂いや、人の家のよそよそしさ、祭の時の変な賑わいと一体感なんかが蘇ったのだった。

この一冊を読んでいると、色んな人が現れる。
いや、まあ、そんなことは当たり前なのだけど、腕のない人、足のない人、病んだ人、商いをする人。
それぞれにどこか、不整合な感じのする人たちが現れることに、逆説的な生を感じる。

また、家の中が見えて、声が聞こえてくる。
どんな暮らしを営み、表情をし、道端で物を売る声が響いているかが、よく分かる。

今の日本は、誰も彼も同じなのだ。
サラリーマンなんて言葉がいけないのかもしれないが、誰と誰が違うかなんて、ニュースに出て来る街並みからは見分けがつかない。
家の中も見えなければ、声もしない。

そういう、見えなくなった日々が、果たして寅彦のいた時代よりも「良い」のだろうか。
画面越しにしかコミュニケートが叶わず、そのことに便利さを感じている私たちは、ますます、お互いを見えなくしていくのかもしれない。

本当の一人は、きっと孤独ですらないのだ。
この頃に感じていた寅彦の、哀しさや寂しさを読んでいると、背景に沢山の人と生活がある。そう考えると、自分が考えていた寂しさの状態とは、もはや異質であるとさえ思う。

「騒々しい、殺風景な酒宴になんの心残りがあって帰りそこなったのか。帰りたい、今からでも帰りたいと便所の口の縁に立ったまま南天の枝にかかっている紙のてるてる坊さんに祈るように思う。雨の日の黄昏は知らぬ間に忍足で軒に迫って早や灯ともしごろの侘しい時刻になる。家のなかはだんだん賑かになる。はしゃいだ笑声などが頭に響いて侘しさを増すばかりである」

「なるべく新聞に出るような死に方を選ぶ人の心持は、やはりこの履物や上着を脱ぎ揃える心持もあるかもしれない。
結局はやはり『生きたい』のである。生きるための最後の手段が死だという錯覚に襲われるものと見える。自殺流行の一つの原因としては、やはり宗教の没落も数えられるかもしれない」

「売り声の滅びていくのは何故であるか、その理由は自分にはまだよく分らないが、しかし、亡びていくのは確かな事実らしい。
普通教育を受けた人間には、もはや真昼間町中を大きな声を立てて歩くのが気恥ずかしくてできなくなるのか、売り声で自分の存在を知らせるだけで、おとなしく買手の来るのを受動的に待っているだけでは商売にならない世の中になったのか、あるいはそれらの理由が共同作用をしているのか、これはそう簡単な問題でなさそうである」

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 2020年
感想投稿日 : 2020年7月13日
読了日 : 2020年7月13日
本棚登録日 : 2020年7月13日

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