石の中の蜘蛛 (集英社文庫)

  • 集英社 (2005年3月17日発売)
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本棚登録 : 78
感想 : 11
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交通事故をきっかけに聴覚に異常を来たした主人公、立花。引っ越したばかりの部屋に残された前住人の痕跡を手掛かりに、その女の行方を捜し始める。と書くとありきたりな巻き込まれ型素人探偵ものだが、この聴覚の描写がとにかく凄い。鋭敏な聴覚はいつしか音を視覚や触覚として認識し、彼が集める痕跡は女が残した生活音だ。しかもドアノブを回す強さやフローリングに残された歩幅や歩く強さの癖など、常人には理解出来ない(理屈は分かるが)世界になっていく。だが凄いのは、全く想像も出来ない世界である筈なのに、分からないけど分かると思えてしまう事だ。世界の全てのものには音があり、その全てが聞こえるとしたら、まして『視えて』しまうとしたら、それはもう地獄のようだろう。なのに立花は中央線に乗る。今自分も耳が詰まったりして不調なだけに、引っ張り込まれて具合悪くなりそうだった。立花は常にクールで、世界の音を理解し受け入れている。感情があまり描写されない為、美恵を連れて逃げるのだと思い込んでしまう辺りは少々唐突な気さえしたくらいだ。だが個人の極めてプライベートな音を異常な状況で聞き続けていれば、思い込みも激しくなるだろう。しかし当然ながら振られて怪我を負った上美恵は死に、立花には鋭敏すぎる聴覚と美恵の音だけが残される。耳は治らず得るものもなく、絶望的とも思えるラストだが、本人は閉じた世界で満足げだ。女が残した音と、『バークリー・スクエアのナイチンゲール』。突き放されたような読後感だが、美しい。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: サスペンス
感想投稿日 : 2012年6月2日
読了日 : -
本棚登録日 : 2012年6月2日

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