商店街はなぜ滅びるのか 社会・政治・経済史から探る再生の道 (光文社新書)

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みや文庫さん そのほか   読み終わった 

地方の衰退がとまらない。
でよく象徴的に描かれるのが商店街のシャッター化に代表される衰退だ。
商店街はなぜ衰退するのか?そしてそもそもいつどうやってうまれたのか?について体型的に整理した本。
地方創生に興味ある人には一読の価値あり。

そもそも戦後日本の経済成長をもたらしたものはなにか?
戦前は国民の8割が農民や兵士であり、それが戦後一気に都市に流れ込み、また膨大な移民の人が帰国して都市へ。
で、その若い人々を第二次産業が吸収し、豊かな中産階級がうまれて高度経済成長がうまれたというのが一般的なストーリ。
が、筆者はそれだけではないという視点を提示。
もうひとつ、自営業者が激増したという点を指摘している。
都市に流入した人は零細商店、飲食店を経営していた。
雇用の安定と自営業の安定(雇用されてない人)。この両翼こそが戦後の総中流社会を形成。

を以下のように記述している。


自営業者(農業を含む)の数は、一九六〇年代から八〇年代初頭まで九〇〇万人台後半で安定しているが、この時期、農業に携わる層が急速に減少していた。農業層が減少していたということは、都市自営業者が増加していたということである。一九六〇年代というと、一般的にはサラリーマンの増加と思われることが多いが、増えているのは雇用者だけではなかったのだ(*5)。
旧中間層」は、大きく農業層と都市自営業層とに分けることができるが、近代化は、農業層から雇用者層への移行だけでなく、都市自営業層への移行をも進め
二〇世紀前半に生じた最大の社会変動は、農民層の減少と都市人口の急増だった。都市流入者の多くは、雇用層ではなく、「生業」と称される零細自営業に移り変わった。そのなかで多かったのが、資本をそれほど必要としない小売業であった。


そしていま、再び雇用の安定が叫ばれているがあわせて「自営業の安定」の是非について論じることがなかった。おそらく「自営業の安定」は、あえて議論するまでもないということなのだろうが、本当にそれは検討すべきことではないのか。という問題を提起。
ショッピングモールの増殖は、「自営業の安定」を崩壊させ、雇用ですら「雇用の流動化」を生み出した。

ではかといっていまの商店街を規制で温存すればいいのか?

そもそも商店街とは二〇世紀になって創られた人工物である。
一九三〇年代初頭で、東京市内でお菓子屋が一六世帯に一軒、米屋が二三世帯に一軒と、小売業はとてつもなく過密な状況であった。
その頃に誕生した百貨店の脅威に零細小売店が百貨店に対抗するためには、質のよい商品を消費者に提供し、かつ、その場所に行けば何でも揃う空間をつくる必要があった。

しかしながらそこで膨大に誕生した零細商店はそれ以前の商店とは違う性格を帯びて行く。
それを以下のように指摘。

社会学では、親族集団の家族と区別するため、経営体としての擬似血縁組織を「イエ」と呼ぶ。親方‐子方から成る「イエ」、家元制度の「イエ」である。近世における商家は、典型的な「イエ」であった。すなわち、それは家長とその親族、そして住み込みの奉公人たちで成り立っていた。もし経営体の存続が危機になれば、「非親族的家成員」(中野卓)である奉公人が経営を引き継ぐことも決して珍しいことではなかった(*7)。  だが、近代の小売商は、「イエ」の規範ではなく、「近代家族」によって担われていた。つまり、二〇世紀以降の小売商は、近代家族の規範のもとで事業をおこなったために、近世の商家に比べてはるかに柔軟性のない組織となった。
れる。零細小売商は、イエ原理ではなく近代家族のもとで経営をおこなっているため、規模が相当に大きくならないかぎり、家族成員以外の者を経営に参加させなかった。

つまりかつては、商店ありきで家族はひもづいてなかったものが、商店=家族になっていく。
それによって軒並み商店は後継者問題をかかえることになり衰退に拍車がかかっていった。

だからいま規制を強化したとしても、後継者になり手が誰もいないという問題は解決できないと指摘。


こうしてみると、シャッター商店街の問題の根源は都市への人口の大量移動という人口問題であったことがわかる。
現在、人口を増やそうという掛け声がおおいが、1955年にはこういうことがいわれていた。

「日本政府は、一九五五(昭和三〇)年一二月に、初の政府公認の長期計画である「経済自立五ヵ年計画」(経済企画庁立案)を閣議決定した。この長期計画は、完全雇用を目標に定めるものだったが、その実現のためには、労働力人口の抑制が必要であるというものだった。
日本政府は、一九五五(昭和三〇)年一二月に、初の政府公認の長期計画である「経済自立五ヵ年計画」(経済企画庁立案)を閣議決定した。この長期計画は、完全雇用を目標に定めるものだったが、その実現のためには、労働力人口の抑制が必要であるというものだった。具体的には、海外移民の促進、家族計画による出産数の抑制、社会保障による女性・高齢者の非労働力化」

人口増やすではなく人口抑制、海外から移民受け入れではなく日本人の海外移民化、出産数を増やすより出産数の制限、女性/高齢者の活用ではなく非労働力化。
現在と真逆の政策が提唱されていたことに驚く。

人口の増減を政策的にコントロールすることの難しさをまざまざと考えさせられる。

レビュー投稿日
2017年9月30日
読了日
2017年9月30日
本棚登録日
2017年9月30日
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