非配偶者間人工授精(AID)で生まれた子どもたちと、生んだ親たちのアイデンティティの物語。恐らくメインテーマは家族の在り方だけれど、私には以下のように響いた。
AIDで生まれたという特別な環境の子どもを描写しているけれど、そこに描かれる心情はどんな生まれ育ちの人でも同じく持つものだと感じた。自分を空っぽに思う気持ちや、相手との不幸比べを心の中で繰り広げ安堵を探す気持ち、人と違って何かが自分には欠如しているのかと疑う気持ち…ネガティブな気持ちを彼らは特別な出自のせいにする。でもそれは違うと、同じく特別な出自の旧友の存在や発言から気づかされる。
読者も同じく気づかされる。ネガティブな気持ちを何かのせいにして、身動きが取れなくなっている自分に。AIDを主題としながらも、人間に共通した心の弱さを学ぶことに重きを置くべき作品。
これを効果的にしているのは、章毎にクローズアップする登場人物を変え、多角的な視野で読者に物語を見せている点だけではなく、その登場人物たちを自分を律している人とそうでない人に、明確に分けている点だろう。それぞれの登場人物みんなに陰と陽が内包されているのではなく、波留は陽寄り、紗有美は陰寄りといったように、人物に役割がある。読者は自分の中の紗有美的な部分を直視させられ、波留の歌に救われる。
重たいテーマに加え、僻みや意地悪な心も見えどっしりとしているが、ラストは救いに向かって進み、温かみも感じる気持ちの良い作品です。
読書状況:読み終わった
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- 感想投稿日 : 2017年5月8日
- 読了日 : 2017年5月8日
- 本棚登録日 : 2017年5月8日
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